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ひだりの 1




ひだりのは捨て子だ。


覚えているのはかか様がいたこと。

かかさまが「ここにいるのよ」とお地蔵様の横に僕を座らせたこと。そして、


「じゃあね」


と目の前から居なくなったこと。


青々とした穂が首を垂れてさらさらと重たげに揺れる、そんな晴れた日だった。


1日たってもかかさまは迎えに来なかった。2日たってもこなかった。


僕はは日がないちにち渇いた喉と空腹を抱えながら、雀が目の前の首を垂れた穂の米を啜るのをただぼんやりと見てていた。


きづけば世界が横になっていたけれど、その頃には僕はもう体を起こそうとは思わなかった。



「おや、お前まだいたのか」、


そんな僕にしっとりとした優しい声をかけてくれたのが、ととさまのとなりのじさまだ。



ととさまの家にはおおきな花がたくさん咲いている。


となり草と言うのだと、ととさまが教えてくれた。


とてもとてもきれいでおおきなトナリ草の花が僕はすぐに大好きになった。

そして、不思議なことにトナリ草は一年中枯れることがなかった。


そのうち、周りの人が「となりのじさま」とはトナリ草の生えるお屋敷にすむ <青年>の略なのだと教えてくれた。


ととさまは僕に名前もつけてくれた。


日垂野ひだりの


僕が居た田んぼは、お天道様のお恵みで稲がずっしり穂を垂れていたからだって。


僕は名前と同じ<ひだり>のととさまの左手と、僕の右手を繋いでもらうのが大好きになった。


けれど、ととさまは誰にも本当の名前を教えない。



時々立派な人が遠いところから訪れて、とと様に頭をさげている。




ととさまは不思議な人だ。



うちの隣にはととさまとそう歳の変わらないジイさんが住んでいた。

千婆さんはジイさんのことを流れものだと言っていた。

ジイさんは僕と歳のそう変わらない子を連れていた。


ジイさんはその子のことをいつも<こぶ>とよんでいた。



ジイさんはいつも楽しそうに酔っぱらっていた。

家のことも村の仕事もすべてジイさんのこぶが小さな体でせっせとやっていた。



僕はそれを時々手伝った。



それから僕とこぶは時々遊ぶようになった。



千婆さんは僕とこぶは同じ<こぶ>同士だから仲良くするといいっていった。


<こぶ>はいつか棄てられるからって。


僕は<こぶ>じゃなくて日垂野だよっていったら千婆さんはいいや、お前も<こぶ>だよ。と笑っておしえてくれた。



<こぶ>は厄介者の子どものことなんだって。




僕は悔しくなって泣いた。



本当のことだってわかったから。

言い返せないことが悔しくて、ととさまからもらった名前がとるにならないものだと言われた気がして悔しかった。


その日、うらの畑で泣いた僕にこぶはそっと付き添っててくれた。


こんな優しいこぶが 厄介者こぶのままでいいわけがない。

だから僕は「僕は<ひだりの>だからこぶは<みぎの>になればいい、僕たちは二人ともいらない厄介者こぶなんかじゃない」

って泣きながらこぶにいった。


優しいここぶはそうだな。


って笑って、その日からこぶは僕たちの間でだけ<みぎの>になった。



けれど、次の日、朝に家に帰ったみぎのはジイさんに蹴られていた。

僕のせいで優しいみぎのはジイさんに蹴られた。

それからみぎのは足をすこしだけ引き摺って歩くようになった。



僕は悲しくて泣いた。



名前を変えたって変わらない現実に、なにもできない弱い自分に。



泣くしかできないその無力さにまた泣いた。




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