第1章《箱庭戦争》(6)
ルナシアに各自適当な場所で休んでいると言われ、晶は洞窟の中を迷わない程度に歩いていた。洞窟は基本的に一本道で、所々に地下水がたまっていたり、鍾乳石が垂れ下がっている。
休めと言われたが、晶は休めそうになかった。もちろん、身体は疲れているし、精神的にも休みたかった。
だが、やはり熊を殺した事が引っ掛かっていて、心がじくじくと痛むような感じがする。
地下水の脇に腰をおろす。
深い溜め息をつき、返り血で汚れたままの手を眺める。
「殺す覚悟も無いのに、実感だけはしっかり残ってるんだよな…」
肉を裂き、骨を砕く感覚。そして、鮮血の温かさと、鉄臭い血の匂い。
死にたくない一心で殺して、残るのは後悔。仕方なかったと思う一方で、割りきれない自分がいる。
そんな晶に、背後から近付く影があった。
「悩みがあるなら、おねーさんに話してみても良いのよ?」
そう言って、晶の隣にどかっと座るのは、アルテリリスだった。
「見つけた時に血塗れだったから、きっとどこかの駒に襲われたんでしょ?」
どこからともなく酒瓶を取りだし、真っ赤な液体を飲み始めるアルテリリスに、晶は少し呆れながらも、熊との殺し合いを振り返る。
「空中に落とされた後、森の中で熊を殺したんですよ。幻想核持ちだから、あの熊はどこかの駒で、殺さなきゃ、俺が殺されてた」
「で、初めての直面した死と、命を奪った事に、あとから後悔してるのね」
アルテリリスは、晶の心情を言い当てる。
「戦争を生き抜くには、避けては通れない命題ね」
酒瓶をあおり、アルテリリスは虚空を見やる。
「おねーさんみたいな魔術師は、そのあたり麻痺してるからねぇ…。まぁでも、結局、自分を許せるのは、自分だけなのよ」
何か思うところが有るのだろう、アルテリリスの表情には、儚げな雰囲気が漂っていて、晶はその横顔を見つめてしまう。
「なーんて、柄にも無い事言ってみたけど、とりあえず、生きてこその後悔よ?まずは生きてる事を喜ばないとね」
そんな事を言いながら酒瓶をフルフルと揺らし、千鳥足になりつつあるアルテリリスは上機嫌なまま洞窟の奥へと消えていった。
アルテリリスを見送りつつ、晶はなんとなく心が軽くなった気がして、それからしばらくの後、眠りにつくことが出来た。