第1章《箱庭戦争》(4)
何も考えられず、しばらく立ち尽くし、空を見上げていると、後方の茂みから、新たな駒の気配を感じた。
「やぁ、新兵くん、調子はどう?」
茂みをかき分けて現れたのは二人。
晶は直感的に感じ、同時に幻想核が味方だと告げるその二人。
「…あんたたちは?」
晶が問うと、眼鏡の兎耳が答える。
「初めまして、新兵さん。僕の名前はルナシア・クロック。同じくニーズヘッグの駒です。気軽にシア、と呼んで下さい」
森の中にそぐわない、黒ズボンに白シャツ、そしてループタイ。頭には兎耳が立っていることから、明らかに人ではないが、異世界の時点でそのあたりは、既に気にならない。
どちらかというと、女の子か男の子か少し悩むが、聞いていいものか。
そんな晶の表情を読んだのか、補足なのか、因みに女ですよ、とルナシア。
ついで、隣の金髪の女が自己紹介をする。
「あたしはアルテリリス。アルテリリス・ヴァーミリオンよ。クラーケン配下だけど友軍。アルテでいいわ」
金髪に真紅の瞳。小柄だが刺青のようなものもあり、晶よりよほど存在感があるお姉さんだった。
「で、あなたの名前を聞かせてもらえる?」
「水無月、晶」
信用して良いものか、判断がつかないまま、晶は名乗る。ただ、異能を以て熊を殺し、非日常を体感し続けていた中で、話のできる状況は、とても安心した。
そんな事を知ってか知らずか、アルテリリスは気楽に微笑む。
そして、頭一つ小さなルナシアは、耳をぴょこぴょこさせながら提案する。
「晶さん、知りたい事は多々あるとは思いますが、ここではなんなので、安全な場所まで移動しましょう」
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晶が連れられたのは、洞窟を改造して造られた拠点だった。
夜も更け、灯りのない森を歩いていたため、久々にみる蝋燭の灯りすら、少しまぶしい。
「とりあえず、その鎧はもう脱いでも大丈夫よ」
言われて初めて、晶は血塗れの鎧を着たままだったことを思い出す。が、魔術で纏った鎧は、継ぎ目がなく、どうやって脱いだら良いのか解らない。
「ん?晶さん、魔術師ではないんですね?」
魔術を解除しないと脱げないんですよ、とルナシアは説明する。
「幻想核に集中しながら、解除の言葉を告げればいいんですよ。言葉は何でもいいです、意味が通れば大丈夫」
言われて、晶は幻想核に意識を向けて、呟く。
「“解除”」
すると、鎧は空中に溶けるように塵になって消えた。
「アキラは中々魔術の見処あるわね」
「あー、アルテさんもそう思いますか?」
二人の魔術師は、晶をみて言う。
晶は、しかし、魔術なるモノを知らなかった。
「そもそも、魔術って何なんです?魔法みたいなモノなんですかね?」
「それを説明する前に、この箱庭の話から説明しましょう」
言って、ルナシアは説明を始める。
「箱庭は神々が力を合わせて作った閉じた世界です。そこに、我々のような駒を投入して、神は代理戦争を行っている訳ですね」
ルナシアは更に、机に広がった地図を示して続ける。
「神々はそれぞれの力量によって駒の扱える総数が違います。故に、我々のような同盟があり、戦争が拮抗しているんです」
地図に示された勢力図。
そこには、ニーズヘッグの脇にクラーケン、バロールと併記された土地の他、いくつかの神や同盟の名前が記されている。