第1章《箱庭戦争》(3)
「お、も、い、んだよっ!」
押し倒された状況から、晶は熊の腹に蹴りを入れ、脱出を試みる。鎧のおかげで力が強くなっているのか、熊は後ろに飛び退き、晶は体勢を立て直す。
骨でできた大太刀を正眼に構えると、熊は二足で立ち上がり、唸りをあげる。
殺らなきゃ、殺られる。
なら、攻撃あるのみ、だ。
生命の危機によって呼び覚まされた幻想核から、戦い方の知識が流れ込んでくる。鎧の性能も把握できた。
“歪なる骸の竜翼”
幻想核能力の一つである“竜骨精製”スキル。それによる精製物であるこの骨鎧は、内側に筋繊維を同時に作り出し、筋力を補助する、軽量かつ強固なパワーアーマーらしく、耐毒性も高いようだった。強度も、耐久性も、この熊と殺しあうのに、申し分ない性能らしい。
気合の叫びとともに、踏み込んで胴をはらう。避けられることを前提に、熊の背後へと駆け抜け、すぐさま振り返る。晶を狙ったカウンターは背中を掠めることなく空振って、脇ががら空きだ。
図体が大きく、動きが遅いのが幸いした。返す刀で踏み込み、胴薙ぎを繰り出すと、今度は肉を断つ感触を感じた。迷いそうになる気持ちを、刀とともに振り切って、再び振り返ると、熊は流血している事に怒り狂う。
飛び掛かる熊、その脇へ飛び込むように爪の一撃をかわす。その際、刀を這わせるのを忘れない。皮、筋を切り裂いて、熊へのダメージを重ねる。
流血で動きの鈍る熊、振り向いた時には、晶は既に身を翻して、木を蹴って跳躍、大太刀を大上段から降り下ろしていた。
脳天をかち割る、必殺の兜割り。
大太刀の重量に任せて、頂点へと落下する。
ゴキリ、と砕ける音は一瞬でも、心を縛り付けるには充分すぎるほどに生々しく。
頭部を断裂されて絶命し、熊は地に倒れ伏した。
白い鎧は、熊の返り血にまみれ、生臭い匂いと、自身の荒い呼吸が、先ほどまでの戦いを反芻させる。熱く燃えたぎる身体の中で、芯の部分だけが寒気を感じていた。
殺した。
敵対者を殺した。
今頃になって、刀をもつ手が震え出す。
殺さなければ、死んでいたのは自身だと解っていても、理解と実感は違う。
垂れ流される血液が、生命の断絶を、はっきりと示している。
(命を、奪ったのは、俺だ)
妙にうるさい心臓の音、絡み付くような喉の渇きに耐え難さを感じる。
しばらく、晶は動く事が出来なかった。
やがて、熊の出血や生体反応が緩やかに止まり始めて、晶はようやく深い息をついた。震えは止まらないままだが、少しだけ落ち着いた。
そんな晶に、幻想核の思念が伝わる。
ー捕食せよー
まるで、責任を全うせよ、と責められているような気がするのは、自身の心が反射するからなのか。
ー捕食せよー
繰り返される言霊は、内面から鳴り続ける。逃れえぬそれに、晶は従って、震えるままの手が、再び刀を握る。
そのまま、切っ先を胸の辺りに突き刺すと、熊に宿った幻想核に突き当たる。
“捕食”
晶に宿った幻想核の能力の一つであるそれは、殺した相手の幻想核を取り込む事で、その能力の一部を自身のものとする強化スキルである。
捕食は一瞬だった。
捕食によって、晶は“腐食毒精製”が出来るようになった事を理解する。
途端、コアを失った熊の身体は、光の粒となって、消滅しはじめる。
それは一瞬で、ほどけるように虚空に消えた。
見届けて、晶は訳も解らず、静かに涙を流した。
晶くん、初勝利です。
以下、現在のステータス。
駒名:水無月晶
契約神:ニーズヘッグ
スキル:
竜骨精製ー竜の骨を精製するスキル。硬度、サイズは自由だが、想像出来るものしか創れない。
捕食ー幻想核を取り込む事で、能力を再現するスキル。一度に一つしか取り込めない。再現できないスキルは劣化する。
竜化ー????
腐食毒精製ー腐食毒を精製するスキル。同時に毒耐性も得る。
魔術・特技:
“歪なる骸の竜翼”ー鎧を纏う魔術。幻想核とリンクして、戦闘最適化を行う。
兜割りーダイブからの振り下ろし。一撃必殺だが、隙は大きい。