第1章《箱庭戦争》(1)
第1章《箱庭戦争》
とある森の中にて。
「どうやら、もう新兵が来たようです」
夜空を見上げるのは、兎耳の少女。他の者より耳が良いためか、空の音に気付いたようで、既に自由落下する何者かを捕捉していた。
兎の少女の言葉に、もう一人、金髪の女が空を見やる。空では、ちょうど幻想核が輝きを放ち、自由落下から着地のための降下に変わったところのようだ。その姿は、契約した竜と同じ色の、白い外殻に覆われており、背中には翼のようなものも見える。
「落下には間に合わなかったけど、とりあえず死んではなさそうね。竜化まで引き当てるなんて、なかなか見所あるんじゃない?」
悪運強い子で良かったわぁ、とこぼす金髪の女は、真紅の瞳を好奇心と期待に染めて、相方の兎娘に言う。
「じゃ、ちゃっちゃと迎えに行きますか」
兎娘が頷くと、二人は森の中を走りだし、進んで行く。
落下地点までは、そう遠くなさそうだった。
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世界を蝕む者
アランの言っていた契約、その相手は竜だった。
理解できたのは、ニーズヘッグが晶に求めた事の内容と、それを成すための力、幻想核の能力。
もっとも、晶が理解できたのはほんの一部であり、アランの告げた通り、それこそチュートリアルほどの範囲でしかない。
ー他の神の契約者を殺せ。
そのために、その幻想核は与えられた。
これは箱庭戦争であるー
直接的に、心に刻まれたようなその言葉。
そも、箱庭とは何なのか。
それはやはり、謎のままで。
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再び目を覚ますと、柔らかい地面に倒れていた。湿った腐葉土に落ちたようで、服に湿り気が移っている。しばらく気絶していたものの、どうやら墜落死は免れたようだ。意識が途切れる前、妙な浮遊感があった覚えがあることから、一応自力で助かったのだろうか?
立ち上がり、辺りを見渡す。
「で、俺はこっからどうすりゃいいんだ…?」
視界は森の木々だらけで、闇が深い。
真上には少し枝の折れたスペースがあり、服には枝葉がくっついている。ここから地上に降りたー落ちた?らしい。
状況を確認して、改めて晶は途方にくれる。
一緒に落下していたアランも、案の定いつの間にか居ない上、夜の森の中では、灯りのひとつもない。胸の蛍火さえも、今は消えていた。
一つだけ幸いなのは、目覚めてからここまで、訳の解らないことだらけだったため、晶はもはや諦めの境地となっており、取り乱すことなく落ち着いていた事だ。
「箱庭、って言ってたが、見た感じ変な感じはしねぇけど…」
言葉とは裏腹に、晶は何らかの気配を感じていた。幻想核を得る前にはなかった感覚だ。暗闇だが、視覚とは違うところで、闇に紛れる何かがいる、と感じる。
こちらに気づいている訳ではないようだが、晶は木の影に隠れてから、状況を整理すべく、考えを巡らす。
(アラン、幻想核、魔術、箱庭…)
落下中にみた光景。
世界の四方を、オーロラのような壁が囲っていた。あれが世界の端部であり、箱庭と称される所以だろう。元の世界に帰れる、とは到底思えない状況だった。今も、視界の隅には、箱庭の壁が見えるが、上まで見通せず、雲の遥か上まで伸びている。
次に、落下中に体験した諸々だが、思い返すと、魔法、という言葉がしっくりくる。仕組みは解らないが、幻想核なるものが、魔法使いではない晶でも魔法が使えるように働いているのだろう。
但し、何ができるのか、限度があるのか、その辺はよく解らない。これは少し試してみないことには解らないだろう。
戦争というくらいだから、下手を打てば死ぬ。
実感は無いが、きっとそうだ。
アランがもう少し説明してくれたら、とは思うが、居ないものはしょうがない。
解らない事だらけだった。