序章《契約成立》(2)
自由落下。
重力にしたがって、落ちる事。
自由ゆえに、抗う術は無い。
晶は、突然の展開に、強烈な風圧の中で叫ぶ。
「しいいぃぃーぬううぅー!?」
心からの叫びは、物理法則の前には意味の無い抵抗ではあったが、しかし、全く意味がなかった訳ではなかった。
「死んでもらっては困りますねぇ。ではチュートリアルといきましょうか」
いつの間にか、隣に並ぶアランである。
落ちているだけなのに、無駄に気障で、この状況もあいまって、晶は再び叫んだ。
「てめえふざけんな、この野郎!」
もっとも、風圧に遮られてか、聞く気が無いのか、アランは言葉を続ける。
「まずは落ち着いて、胸のあたりを見て欲しい。微かに光るモノが見えるだろう?」
冷静なアランの言葉は癪にさわるが、晶は策ありげなアランに従い、自身の胸のあたりを見やる。そこには、蛍火のような、微かな金色の光が灯っていた。
「これが何なんだよ?!」
「幻想核さ」
晶が聞き返す前に、アランは続ける。
「契約の証であり、君に力を与えるモノだよ」
アランはにやりと笑う。
「さぁ、その光に意識を集中するんだ。そうだな、翼をイメージしたら良い。うん、力ある竜の翼だ」
言われた通り、晶は目を閉じて、胸の蛍火に意識を向ける。
暴風の中でも仄かに暖かいのは、身体の中に光があるからか。
イメージは竜の翼。
よく解らないが、とにかくイメージする。
蛍火は熱を帯びる。
イメージが加速する。
小さな光球は、輝く火球へ。
炎は細く形を変え、竜の姿を映し出す。
白く輝く竜の姿。
しかしそれは、輝きを纏いながらも、ほの暗く揺らぐ。
まるで、骸のごとき白へ。
「さぁて、そろそろ唱えてみようか」
アランの声が、呼び覚ます。
晶の喉が、蛍火から呼び出す、力の言葉。
「“世界を蝕む者”」
はじける。
破裂する。
脳髄が焼ききれる。
全身を走り回る、雷撃。
その名前に、身体が、心臓が、畏怖を示す。
初めて知るその名前を、身体が受け入れた時、蛍火がいっそうの輝きを放つと、晶を包み込んだ。
「ようこそ、箱庭へ、水無月晶」
アランの声が遠くで聞こえて、晶は意識を失った。