第2章《箱庭の日常》(7)
「晶君、入ってる?」
そんな時に、アルテリリスに声をかけられ、晶はびっくりする。
「アルテさん?!」
扉ごしにくぐもった声が聞こえる。
「今日はだいぶ魔力を使ったでしょ?だいぶまいってるんじゃないかと思ってね」
「あー、だいぶ疲れてはいますけど…、まいってるって程ではない、かな?」
「そうなの?なら、心も身体もタフなのね。おねーさん、感心しちゃうわ」
アルテリリスは酒を飲んだのか、上機嫌だった。
「初心者だと、これくらい魔力消費した日は、魔力切れをおこす事が多いのよ」
魔力は、魔術を編むために精製するのとは別に、身体を満たすように常に循環しているらしい。魔術師かどうかに限らず、普段は意識することなく、自然に少しずつ補充されているのだとか。しかし、魔術などで魔力を消費した場合、身体に流れる魔力まで消費してしまう事があり、循環魔力が減ると、極度の脱力などの症状に陥るそうだ。
それを、魔力切れと呼ぶ。
「で、俺が魔力切れになってないか、見にきてくれたんすね」
何も風呂場まで見に来なくても、と思わないでもないが、その心遣いは純粋に嬉しく思う。
それを肯定するアルテリリス。扉の向こうから、何故か衣擦れの音がした。
「まーね。あとは…視察、かな?」
言うが早いか、がらりと扉が開く。
!?
「ご開帳ー」
湯気の切れ目から、するりと這いり込む。
固まる晶の目の前には、1匹の魔獣。
上気した裸体を隠すことなく晒し、紅い眼光は妖艶。その肌には、瞳と同じ色の刺青が、至るところに刻まれている。
真円と茨を掛け合わせたような、傷付け、縛りつける、真紅の紋様。
それは一種の芸術のようで、美しさと淫靡さを、調和し同居させていた。
まじまじと見つめてしまう晶に、ふっと笑いかけると、アルテリリスは腕を組む。頬に人差し指をあてて、目を細める。
「おねーさん、君の頑張りには感心しているのよ?」
髪をかきあげ、唇をなめる。
一歩一歩、晶に近付く。
その一歩毎に、ドクリ、と晶の心臓が加速を促す。
ゆだる。
頭も、理性も、沸騰する。
息が荒く、苦しいほどに。
妙に大きく反響する自分の息遣い。
「だから、ご褒美あげちゃうわ」
麻薬のように響く、アルテリリスの声。
するりと湯船に浸入する。
手つきはさながらクラーケン。
足先に触れる指先、スー、と昇るのは指か触手か。くすぐるように円を描き、晶を弄びつつ、太股をなぞる。
淫靡な指のダンスに、晶は完全に硬直してしまう。熱い吐息が漏れでて、アルテリリスは再び唇を舐めた。
「少年、元気ですなー?」
だが、触れずに、アルテリリスは身を寄せる。
胸板が接触する。アルテリリスの顔が見えなくなり、逆に神経が研ぎ澄まされる。
柔らかな感触を感じる間もなく、アルテリリスの声が、耳元で聞こえる。
「かわいい顔してるわよ?」
触れる吐息に、気がふれそうだった。
天にも登りそうな状況で、しかし、晶の中で、何かが警告する。
吐き出せば、何かが決定的に終わる予感。
本能が、最後の一線で、踏みとどまらせる。
「そうよ、それでいい。偉いわ」
すっと、灼熱が引く。
かかっていた魔法が解けるように。
肺に残る熱を、大きく吐き出すと、アルテリリスはいつの間にか、湯船の縁に座っていた。
「よく耐えたわね。あなたで二人目よ、これに我慢できた良い子は」
作者コメン:トエッチなおねーさんは好きですか?