第2章《箱庭の日常》(6)
その晩。
晶は疲れた身体を癒すため、ひとりでじっくりと風呂に浸かっていた。そうするために風呂の順番は最後にしてもらったため、後がつかえる心配もなく、晶は今日の訓練の事を思い出しつつ、身体をほぐす。
「魔術、ねぇ…」
まさか普通の高校生だった自身が、ゲームの中の魔法使いのように、魔術を使えるようになるとは、思ってもみなかった。
もっとも、それはゲーム程簡単ではなかったが。
思い返す、今日の訓練。
魔術の編み方。
精神力と、体力…生命力を混合し、魔力を精製する。一点に集中しつつも俯瞰するという不可解な事を、晶はスキルを使用した時の感覚に重ねて、飲み込んだ。
魔力が精製されると、丹田のあたりがかっと熱くなる感覚がした。煮えたぎるマグマが暴走しないよう制御しつつ、次の工程。
魔術特性という名の回路に、魔力を流し込む。魔術特性は言うなれば、魔術の型紙のようなもので、大まかな形を決めるもの。
形が決まると、あとは意思の力で、魔術を完成形まで成形するのだ。
例えば、威力や射程。他に追加効果が何か。
意思の力は、つまるところイメージだ。どういう効果を望んでおり、どういうプロセスでそうなるのか。理詰めでも、単なる妄想でも、結果の願望が、魔術を完成させる。
現実を書き換えるように発現する。
それが、魔術。
アルテリリスいわく、願いにエネルギーを与えたもの。
「言うほど簡単じゃないよなぁ…」
こうなったら良いな、では、勿論魔術にならない。
実際には多くの手順があって、魔術は発動する。
魔術を発動させるために、詠唱するのはそれを少しでも簡略化するためだ。
スキルのプリセット、とはつまり、魔術の詠唱にあたる。
あらかじめ、どの魔術特性を使い、どれくらいの魔力消費で、どういう効果をもつ魔術なのかを決めておき、それを記憶に刻む。そして、詠唱によりその記憶を呼び起こし、魔術を引き出す。一から魔術を構築するより早く、魔術を編むためのシステムが詠唱だ。
「…アルテさんは、詠唱してなかったよなぁ」
アルテリリスが魔術を使う時、詠唱していなかった。あれは、詠唱を極めて習得する略式詠唱、そしてさらに極めると出来る詠唱破棄というやつだろう。
魔術名を決めて詠唱するうちに、魔術名だけで魔術が発動するようになり、果ては、魔力を練って心で魔術名をイメージするだけで、魔術を発動する。
アルテリリスはその境地にいるわけだ。