第2章《箱庭の日常》(4)
その言葉とともに、チビクラは触手を器用に使い、まるで人型のように立ち上がると、構える。
臨戦態勢。
「“歪なる骸の竜翼”」
晶は唱え、骨の鎧を纏い、刀を握る。
「じゃ、はじめて?」
アルテリリスの開始の合図とともに、チビクラが駆ける。彼我の距離、10メーターほどは、すぐに近接攻撃の間合いに変わる。
触手の先を丸め、鎖分銅のようにしならすチビクラ。晶は腕が振りかぶられた時には気付けず、頭上に弧を描く触手が見えて、はじめて回避にかかる。
着弾した部分が抉れる威力に、冷や汗をかく。反撃する余裕はなく、ひとまず距離をとろうと背後に跳躍するが、チビクラは止まらない。追従して、空いていた右腕を突き出す。それは晶を捕らえる触手であり、チビクラは晶を巻き込んで、地面を転がった。
その間、数秒。
1分すらもたず、晶は敗北を喫した。
「はい、そこまで」
その言葉とともに、チビクラは晶を解放するが、晶は自身の弱さを自覚する事しかできなかった。
「実戦では、どんなに強くても、これくらいあっさり死んじゃうなんて事もざらよ。魔術師やスキル熟練者が相手なら、なおのこと。だから、おねーさんが鍛えてあげる」
アルテリリスは晶を立たせると、説明しはじめた。
「まず、覚えて欲しいのは、理屈」
魔術、そして、スキル。
その発動プロセスは基本的に同じで、生命力や自然の力を変換し、魔力というエネルギーを精製して、そのエネルギーを専用回路にのせ、そこで指向性を持たせ、現実に干渉する。
魔術は現実をオーバーライドするという“技術”でありながら、極めて普遍的でない。魔術は、生来の適性…いわゆる魔術特性が回路となり発現するが、これは、生まれながらに与えられたもので、本来後天的に得られるものではないからだ。加えて、指向性を与えるプロセスが、個人の力量や方法に大きく依るため、体系化しにくいのも要因ではある。
だが、箱庭においての例外で、幻想核が存在する。
幻想核は神の力の欠片で、魔術師でなくとも、自動的に魔力を精製し、スキルという形で、魔術を吐き出す装置だ。この力の発現は、なんの経験も、生まれながらの適性も一切必要としない代わりに、技術がなければ調節も出来ない。
「つまり、魔術を簡略化したのがスキルって事なんすね?」
「そう。だから、魔術を扱えるということは、スキルを細かく制御できるというアドバンテージに繋がるの」
魔術を扱う事で、自動で吐き出すスキルを調節する事が可能となる。大砲しか撃てないものを、拳銃10発に変化させる事が出来れば、有効性はぐっとあがる。
「例えば、スキルの調節が出来れば、今は鎧とセットで生成される刀を、単体で生成できたりするわ」
こんな風に調整もできるのよ、と、アルテリリスは今いるチビクラの隣に、さらに小さなチビクラを召喚する。
「で、ここからは君の魔術の話。まず、君が何の魔術を扱えるのか、確認しなきゃ始まらないわ」
アルテリリスはどこからか、数枚のカードを取りだし、晶に差し出す。
「今から質問するから、カードにその答えを念じて。いい?」
そうして、いくつかの質問をアルテリリスが投げ掛ける。晶は都度答えを念じていく。やがて、カードがなくなり、アルテリリスにカードを返すと、アルテリリスはカードに自らの血液を垂らす。
「これは?」
魔術特性を判別するための識別札よ、とアルテリリス。
「心象を描いたカードから、君の魔術特性を特定するの。ほら、でてきたわ」
アルテリリスの言葉とともに、血液が垂れたところから、カードに様々なシンボルが浮かぶ。
「炎、剣、盾、星、本…なるほどなるほど」
「何が解ったんです?」
「んー、とりあえず、炎の魔弾からはじめましょうか」