パルゴの村2
目の前には、マチェーテの切っ先を向けてくる白髪のゴツイじいさん。
玄関の段差の上から、きつい視線で睨み下ろされる。
じいさんが口を開く。
「お前みたいなんは知らん。金目のもん置いて出ていきな」
「…………誰?」
俺は呆気に取られてしまった。ここはアーベルじいさんの家じゃなかったのかよ? まさか、さっきの若いやつもグルで騙されたのか?
最初に立ち直ったのはとなりに立っていたゼスだった。
ゼスがマチェーテを引き抜く音を聞き、俺とコリンも遅れて抜こうとしたところで、後ろからドスを利かせた低い声がする。
「動くんじゃねえ。首飛ばすぞ」
小心者なら一発で小便を漏らし、度胸のある者が聞けば武者震いだか怖気だかで背筋が震える。そんな声音だった。
そして俺にとっては懐かしい声でもある。腰にやろうとした手を下ろし、短気を起こさせないようにゆっくり振り返る。
見えたのは、幼い頃に憧れた祖父の顔。白髪は増えたようだが、背はピンと伸び、筋肉が衰えたようにも見えない。
「おぉっ、じじい! 俺だ、ゾルタンだ! 可愛い孫が来てやったぞ」
獲物を狙う眼光を、疑わしい目で更に細めてからぼそりと言う。
「ぁあ?……ったく、紛らわしい。何年振りだか」
あっさりとコリンに向けた山賊刀を下ろして、目の前のゴツイじいさんに声を掛けると、先に家に入っていってしまう。
何が紛らわしいのか知らないが大方、ガキ共から小銭を巻き上げられなかったのが悔しいとか、そんなとこなのだろう。
俺が家に入ると後ろからゼス、震える奴隷候補二人をせっつきながらコリンと入ってくる。
カビの臭いのする部屋の中には椅子が3つ。じいさん二人とテーブルを挟んだ空いている椅子を引いたところで、今しがた入ってきたドアが再び開く音がする。
「そこはおめぇの席じゃねぇよ。どきな」
そういって残された最後の椅子を奪ったのは長身のおっさん。じいさん二人が見るからに賊という空気を発するのに対して、このおっさんは狩人といった雰囲気。
右肩に吊っていたライフルをテーブルに置いて、布を取り出して整備を始めた。どうやら、見えないところからも狙われていたということらしい。肝が冷えるぜ全く。
空き椅子が無くなったので、床に座りこんでいる二人の前に俺も座る。奴隷候補は部屋のすみで小さくなっていた。
「で? おめぇ、なんでこんなとこに来た? 引退するには早すぎるだろうが」
そりゃあそうだ。俺はまだ23歳、これから賊としての風格も漂う歳になっていくのだから。まあ、そんなことはいい。
「あー、なんだ。ザルエルの奴に嵌められたんだ。あの糞野郎、俺たちに荷馬車を襲わせておいて、自分は腕の立つ傭兵を連れて討伐に来やがったのさ。逃げられたのは俺たちだけだ」
アーベルのじいさんはみるみる内に、顔を朱に染め、椅子をぶっ飛ばしながら立ち上がって怒鳴った。
「ぁあ? あのお坊ちゃんにやられて逃げてきたのか! デトロフの馬鹿はなにやってやがる! 自分の息子に捕まったんじゃねえだろうな!?」
デトロフは俺の親父だが既に引退して今はザンドラの町で小さな食堂をやっている。実際は食堂と思っているのは本人だけで、開店初日からごろつきのたまり場となった酒場なのだが。
「親父は去年に引退したよ。今は俺が仕切ってる」
親父はじいさんに挨拶もなしに引退したってことか。
「情けねえのは分かってるけど、助けを借りられねぇかな」