主従2
地面にうずくまる、小さな背中。
「ぐっ、ぐうぅ」
その脇腹にもう一度蹴りを入れてひっくり返す。
「カルス様から離れろ悪党め!」
後ろから聞こえる声に振り向くと、コリンが喉元に剣を突きつけられていた。足下にはマチェーテと、彼の父親の形見であるダガーが落ちている。
「コリン、そんなガキに負けやがったのか」
「わりぃ、ゾルタン。助けてくれるよな……?」
「心配すんな。そのガキの大事なカルス様とやらはこっちに転がってるんだ」
「貴様ら‼」
ペルンとやらが怒鳴る。
「カルス様に触れれば、貴様らを八つ裂きにしてやる!」
「へえ、そいつぁ怖いね。……ゼス‼」
少し前から視界の端に映っていた巨体に呼び掛けると、木々の間を縫って樽が飛んで行く。
あぁ、塩漬け肉が――。
ペルンは年の割りによく動けていた。が、結果は腹に手をやって倒れるガキが2人になっただけだった。
ゼスは離れた位置から拳大の石やら腕ほどの太さの枝を投げつけ、コリンはダガーを片手に砂で目潰しをしようともした。
その上ここは足場の悪い山で、隠れる木々もたくさんある。剣の腕で勝てなくても、やりようなどいくらでもあった。
「ゼス、こいつら縛っといてくれ」
「おう。なんつーか、悪かった」
「気にすんな、屁くらい誰だってするさ」
ガキはゼスに任せて、コリンの方に歩く。
コリンはペルンに切られた腕の傷に、治癒草を張りつけて顔をしかめている。
治癒草は刃物で付いた傷くらいなら、ある程度は治してしまう。腕が半分も繋がっていれば間違いなく治る。葉を揉んで、ねっとりとしてきたら傷口に張りつけておくだけでいい。
この山のどこにでも生えている雑草みたいなもので、残念ながらこれは商売にはならない。
「いってぇ。ゾルタン、ペルンってガキの方だけでも、殺しちまわねぇか?」
コリンはかなり頭にきているらしいが、俺はそんなつもりはない。
「何言ってんだ、あほか」
このガキどもがどれだけ剣の腕が立っても、山と森の中では俺達山賊の圧倒的有利は覆らない。
「おめぇが油断してやられただけだろうがよ」
それにだ、
「こいつらどう見たって貴族なんだぞ」
売り払えば金になる。殺すなんて勿体無い。
コリンの馬鹿は放っておいて問題ない。あとはガキどもの家次第で、身代金を取るか奴隷に落とすか決めるだけだ。
「で、お前らどこの貴族のボンボンだよ」
とりあえずアホっぽいカルスの方に聞く。
「山賊に教える名などないっ」
こちらも最初から素直に話すなどとは思っていない。
「おう、そうかよ。コリン、そっちのガキを痛め付けていいぞ」
「よっしゃ。しばらく止めないでくれよなっ」
先ほどペルンにやられたコリンは恨みを晴らすべく、嬉しそうな顔で縄に巻かれたガキを何度も蹴りつける。
「やめろ、ペルンを離せ!」
「ペルンってガキが死ぬ前に、答えたらどうだ」
当のペルンは蹴られ続けて顔がひどいことになっていたが、恐怖を抱いた目をしてうめくものの、弱音は吐かない。
やはり口を割らせるならカルスの方だな。
「俺はカルス。カルス・ルイドだ!さあ、ペルンを離せっ」
まさか、ルイド家とは思わなかった。
商売柄、敵に回したくない貴族や商家もあるので、この辺りのお偉いさんにはかなり詳しいのだが。
…………まるで聞いたことがなかった。