主従
時系列は2話→1話→3話です。
「俺は南辺境を出る」
くぐもった破裂音が空気を引き裂く――――。
体がビクリと大きく跳ねて目が覚めた。
顔をこすると、べっとりとした汗をかいていたのが分かる。昨日は水場にたどり着きそれなりに安心して眠りについたはずだが、今は全身に嫌な汗をかいて下着は重たくなっている。
「最低な夢だな。それにしても――――」
今度は破裂音が二度。
ゼスはこの3人では最年長で、年は俺の4つ上だから27か。コリンのように不安を表に出しこそしないが、今の状況はゼスにもかなりのストレスを与えているらしい。屁が2連発になったのは一昨日からだったか。
体を起こし、マチェーテをベルトに吊り下げる。逃げるときに愛用の片手剣は落とした。ゼスも俺を担ぐために両手斧を捨ててきたらしいのだが、コリンだけはこれまたちゃっかりと親父さんの形見のダガーを持っていた。
マチェーテというのは要はナタのようなものだ。理解しておくべきことは、刃が薄く、人の体もスライスできるように造られたナタであるということだ。南辺境では農家の次男坊ですら腰に下げているような一般的な安物だが、これがこの地では大いに役に立つ。それが森の中を逃げる道中なら、なおのこと。
「ペルン! 水が流れてるぞ! もう少し進めば水場があるはずだ!」
場違いの声に振り返り、反射的に地面に伏せる。
二人分の影がマチェーテを振りまわしながら、森の奥から近づいてくるのが見えた。
「カルス様、お一人で行かれては危険です! お待ちください!」
こんな森の中に二人だけ? 罠か、それともパーティーとはぐれた間抜けか?
「ゼスッ、コリンッ起きろ」
小石を二人にぶつけながら、小さな声で二人を起こす。幸いにも焚き火は既に燃えつきている。まだ見つかってないはずだ。
コリンの方は、間抜けな声を出して起きた。
「んぁっ?」
「シッ、誰か来る。ゼスを起こせ」
人影は15、6歳くらいのガキ二人だった。かなり近くまで来たのに、まばらな木の陰になっていて向こうはまだ気付いていないらしい。
そして最悪のタイミングで、聞きなれた屁の音が響き渡る。
「ほら見ろ! 水場があったぞペルン! 俺の言ったとお……? だれかいるのか?」
「カルス様、いかがなさいました?」
「いま、たしかに向こうから音が……」
ばれた。待ち伏せが得意の山賊が、屁の音でガキに見つかっちまった。
「くそったれ! コリン、右のガキをやれっ」
返事も聞かずに飛び出し、カルスと呼ばれたガキに向かう。
マチェーテは既に抜いてある。少し頼りないが、あるだけマシってもんだ!
「賊か! 俺の奥義を食らえ! 悪党滅殺斬りッ!!」
走りこんできた勢いで放たれた、アホくさい名に似合わない鋭い一撃を下がって避ける。
振り下ろされたマチェーテが、流れるような動きで今度は右から迫ってくる。
左に一歩。
悪党滅殺斬りは、木の幹に半ばまで食い込んで止まった。
「俺の番だな。おとなしく死ね」
カルスの目に初めて恐怖が浮かぶのが見えた。
右手を大きく振りかぶり、
――――がら空きの腹に、蹴りをいれた。