山賊の子は山賊
1話目に至るまでのお話。
今日は南辺境では珍しいくらいにいい日差しが降り注いでいる。こんな日はいい仕事も舞い込んでくるってもんだ。
子分にはいつも通り街道を見張らせておき、俺はアジトで追いはぎ連中からのアガリを待っている。あいつらは戦いとなるとてんで使えないし、逃げ足が速いのだけが取り柄みたいな奴らだ。普段はザンドラの町をぶらついて、間抜けな旅人を見つけたらそいつが街道に出たところで、荷物をひったくってその足でこのアジトまで逃げ込んでくる。
もし顔が割れたらほとぼりが冷めるまで匿ってやることもある。そして俺は毎月アガリを受け取り、時には護衛の少ない行商人の情報やらを買い取ってやる。
ザンドラの町に集金に行かせた子分が持ち帰った革袋を受け取り、ひっくり返してテーブルに広がったデラルを数える。王都では年に100万デラル――銀貨百枚を稼げば、大人1人がようやく食っていけると言われているそうだが、南辺境でそれだけ稼ぐやつがいたらお目にかかりたい。そんなやつからは、最優先で絞りつくしてやる。まあ、それだけ稼げるのはここでは大店か領主に近い立場の奴くらいだろう。当然今日も大した稼ぎはなく、大量に転がる不揃いの粒鉄に、銅貨といういつもの面々。粒鉄は1デラルにしかならないので後回しとして、100デラル銅貨が――
「おい……なんだこれ?」
山の中から銀色の板をつまみあげ、まだ目の前に立っていた集金係りに声をかける。
もう一度チラリと手元を見るがやはり銀板だ。銀板一枚……これだけで10万デラルになるが、追いはぎからの上納金に銀板など見たことが無かった。
「あいつらが酒場で飲んでたとこにカチートがきて、そいつから受け取ったとかで。銀板5枚渡されてこの封筒を預かったそうで――」
つまるところ、こいつは仕事の依頼に違いねぇ。集金係りが右手に持っていた封筒を掴みとって見てみるがもちろん差出人など書いてなく、口を見るが封ろうに紋もない。
こいつはどこからどうみても依頼だな。しかも間違いなく金払いもいいし、荒事には慣れていないのだろう。悪党に依頼するにしたって普通はただの伝言役のごろつきに50万デラルも渡さない。
「そいつはどこの野郎か名乗ったのか?」
封筒を切り開きながら集金係に聞く。
「その……。ウォーグナー家の使いと言ったそうで」
おもわず手紙を破り捨てるところだった。ウォーグナー家といえば最近は色んなうわさが飛び交っているが、なにより現当主は俺の腹違いの兄のはずだ。顔も覚えていないが性根の腐った野郎なのは間違いあるまい。なにせ半分は同じ血なのだから断言できる。
「初めての仕事の依頼が、あいつからとはねぇ……」
手紙には密会場所と日時だけが書かれていた。
ザンドラの町の下級官吏を務めるウォーグナー家とは、浅からぬ縁がある。
あの家の先代であるマグナルと俺の親父がどこで知り合ったかは知らないが、町に出入りする商人や旅人の情報を親父は買い取っていた。そんな関係を続けるうちにマグナルの一人娘を孕ませて産まれたのが俺の兄であり、ウォーグナー家現当主のザルエル・ウォーグナーだ。
当然マグナルは大層お怒りになり、一度はごろつきを雇って町に酒を飲みに来ていた親父を襲撃しようとしたそうだ。当のごろつき達はといえば、肩を怒らせながらマグナルの前を歩き酒場のドアを叩きつけるように押し開けると、相手が親父だと分かった途端に「親分、ごくろうさんですっ」 と頭を下げ、親父はそのままそいつらと一緒に酒を飲んでのんきに帰っていったのだとか。
っと、そんなもんで俺の代になってからもうじき1年経つが、これまで向こうからの動きは一切なかったのだが、この手紙の真意はなんなのか。
やはり俺が会わねばならないのだろうな。
密会当日にザンドラの町に一人で入った俺は、昼間から酒場に来ていた。薄めたビールを出す小汚い店で、こじんまりしたカウンターに座る。
初めて入る店だが見た目以上に狭く感じるのは、5つあるテーブル席の3つで、既に酔いつぶれた客がうつぶせになって呻いているからかも知れない。
「ビールだ」
注文してつぶ鉄を一握りカウンターにおくと、間髪いれずに薄い琥珀色のビールが木製の中ジョッキで差し出される。
辺境の地でビールは大体5~8デラル程度で、10デラル出せば大ジョッキになる店が多い。
ジョッキに口をつけ、一気に3分の1ほどを喉に流しこむ。ぬるくて水で薄まったビールはこの辺の人間にとって慣れ親しんだ味だ。
カウンター越しに見る店主は180センチ程の身長と、たくましい筋肉に身を包み、スキンヘッドと男らしく整えられたひげ。顔や腕には無数の傷跡。そんな外見に似合わず、おしゃべりで人当たりもいい。
「お客さん、景気はどうだい?」
「最近はシケたもんだったけどよ。ようやく割の良い仕事が取れそうだぜ」
これは本当だ。ザルエルからの依頼ではそれなりに吹っかけてやるつもりだからな。
「そいつぁ、良かったじゃないか。景気づけに上手い飯食って力つけといたらどうだい?」
「ヘッ、もらうよ。テキトーに出してくれ」
懐の革袋から手探りで銅貨を握り、カウンターへ置いた。
銅貨8枚……出しすぎたな。まあいいさ、景気づけだ。
「おっ、いいねぇ。すぐに作るよ。ほらビールはサービスだ」
そういって、もう1杯ビールをだしてくれる。
汚い店だし客層も最低だが、店主の愛想と料理の味はよかった。日が暮れる頃には満席になるという話も、この分だと本当なのだろう。酔いつぶれていた客は放り出され、新しい客が入っている。
「親父は上手くやってんだな。安心したぜ」
目の前の店主に話しかける。
「おめぇも元気そうでよかったよ。あいつらから話は聞いてたけどな」
親父の言うあいつらってのは、きっと追いはぎ連中のことだ。親父が引退した後、団が急激に縮小したのも知ってるってことか。
「また来るからよ。それまでに美人ウェイトレスでも雇っとけよ」
飲み干したジョッキを置き、立ち上がる。さぁ仕事の時間だ。
「俺ぁ、死んだおめぇの母ちゃんに操、立ててんのさ」
こんな軽口を言い合って1年振りの親子の再会は終わった。いよいよザルエルとの密会場所へ行かなきゃならないと思えば、自然とドアへ向かう足は重くなった。
兄はそこそこの値のする酒を土産に、スラムの一角にある密会場所へやってきた。隣には黒毛のカチートを連れているが、こいつは恐らく戦奴隷だ。ザルエルを怒らせない限りこっちに敵意を向けることもない。
カチートはブルクホルム王国では戦奴隷がほとんどだが、南辺境では農奴として使っていることも多い。怪我をして払い下げられた戦奴隷を金持ちが買い取って、自分の護衛をさせることもある。人間の体に、虎そっくりの顔と毛皮をはっつけた見た目で、筋肉量は人間の倍近くまでになることも珍しくない。
毛の色はさまざまあるが、黒だと戦奴隷向きだとか白は誇り高くて奴隷には向かない、だとか言われているが本当のところは分からない。
10年以上振りに会った兄は、挨拶もなしに酒瓶を渡してきて依頼を口にする。
「3日後に王都から来る予定の荷馬車を襲え」
親父が引退してからどころか、その前から疎遠だった兄だ。はっきり言って、怪しい。
「報酬は?」
「その馬車の荷だ。銀貨で千枚以上はあるだろう。こっちは馬車さえ襲ってもらえば、荷はいらん。好きにしろ」
――銀貨千枚以上か。1千万デラルもあれば王都でも数年遊んで暮らせるだけの額だ。無意識に口元が緩むが、すぐに無表情に戻す。俺の笑みは子分達には大層不評で、不吉だなんだといわれてしまう。
「ハッ、十分だな。護衛はどうなんだ」
出来る限りつまらなそうに聞く。こいつの思い通りいくのは気に食わねぇからな。
「精々、二人だ。けち臭いことで有名な男だからな」
本当にその大金を運ぶ護衛が2人だけなら、こんな簡単な仕事は無い。10人で囲んでおしまいである。数秒、考えるフリをしてから承諾する。
「分かった。3日後だな」
路地を出たときには陽が落ち始めていた。町の北門に向かって歩きながら算段を立てる。
ここからアジトまで丸1日の距離だが、歩きなれた道だ。明日の昼にはアジトに着けるだろうが、獲物が3日後にザンドラの町に到着予定というのは少し急すぎたかもしれない。
あまり町の近くで襲う訳にもいかないので、獲物が山から出る前の襲撃となるだろう。もたもたしていれば、こちらが襲撃地点へ着く前に抜けられてしまいかねない。
昼間のうちに親父に聞いたところ、ウォーグナー家の噂のひとつを聞くことができた。
この南辺境はいくつかの貴族が治めているのだが、そのトップに立つのが南辺境伯であり、そのなんとかという貴族の領地のうち、ザンドラの町一帯がザンドラ子爵領と呼ばれる。そして領地持ちの貴族達が、領地を持たない騎士を抱きこんで防衛だの戦争だのに当たらせる。
そんな騎士爵家の一つで、跡継ぎがことごとく戦死したために養子を取る話が出ているらしく、この話に爵位を持たない官吏達が食いついたらしい。
ウォーグナー家は先代の頃は町の出入者の管理をし、ザルエルの代では市場の管理を任されるようになったらしいが、どちらも無難にこなしてきた実績がある。このままいけばザルエルが騎士爵家の養子に収まるのではないかと噂されてもいる。
つまり今回の依頼は養子の件を固めるために、他の官吏たちを蹴落とす作戦という訳だろう。そして荷馬車は、ザルエルのライバルが必死こいて調達した賄賂のための金という訳だ。
そこまで考えてアジトへの道を急ぐ。
自然と、凶悪な笑みがこぼれていた。