研究室
私たちに、夏休みがあると思うな。ということで、今日も今日とて大学の研究室と図書館と喫煙所の三点を周回する日々である。センセとはしばらく会っていない。何せ学内には喫煙所が何ヵ所かあり、私が縄張りを変えたからである。
会いたくない、わけではない。ただ、どういう顔をしていいのか分からないのである。センセが私贔屓なのは何となく分かっていた。しかし、それが男女の云々なのかがいまいち掴みきれないのである。冨永センセは冨永センセであるからして、よく分からない男なのである。
「はー…」
ため息を吐き出し、眼鏡を外す。目頭を押さえながら首を回すといい音がする。一体、いくつだ私は。
「どしたの?全然進んでないじゃん」
横から香代が声をかけてくれる。香代は同じゼミのおっとりふんわり癒し系な子である。私にとって貴重な友達といえる同期である。
「いや、さあ…」
「なあに?」
「……冨永センセって独身だったんだねー…」
その瞬間、香代の目つきが変わった。それは今までハムスターだと思っていた生き物がティラノザウルスだったかのような変化だった。
「なになに!?ちょっと!!ついに冨永センセにコクられたの?やっと!?やっとなの!?」
「は?え、ちょっ」
「お赤飯炊かなきゃー!!」
「は?いや、コクられてないし。え?なんなの?」
「あ゛あ?あのグズ!!」
「いや、ちょっと香代さーん、キャラ崩れてますよー。っていうか、そこのところ詳しく話していただけますか?」
「そうね。いつも恐ろしい速度で統計処理してる夕夏の手が止まってるんだからこれは一大事!!だから休憩行ってきますね!教授!!」
年老いた教授はこちらをにこにこと笑って見送ってくれた。