不労所得だと…!!
コンビニに予定より早くつくと、電話をかける。
「冨永センセ、着きましたよー」
「二時間には余裕で間に合ったな。中で待ってろ」
コンビニに入り、ライターを買う。外に出て、喫煙所で数時間ぶりのニコチンを堪能する。さすがに合コンでは吸わなかったが、あんなことになるなら吸っておけばよかった。煙をくゆらせていると、1本を吸い終わらないうちに先生がきた。
「早いですね」
「お前、中で待ってろって言っただろうが。危ねえだろうが」
そう言って頭をくしゃくしゃにされる。この人は妙なところで女扱いをするものである。
先生はコンビニに入ると店員に何かを告げ、すぐに出てきた。
「おら行くぞ」
「え?どこにですか?」
「俺んち」
「は?」
まあそれはいいのだが、よくないのだが、いいのだが、とりあえず、私は言った。
「バイクは?」
以前、ここではないコンビニでバイトしていたことがあるが長時間駐車はとても厳しく取り締まられていた。さすがに私はお金を払いたくない。そこまで長い時間、先生の家にいるかどうかはともかくとして。
「ここのオーナーが俺の連れ、かける、俺はここの常連、イコール?」
「フリーダム!!」
「まあさすがに万引きは許されねえだろうがな」
そう言って先生は歩き出した。私はバイクのロックを確認してから後を着いていく。
先生の家は、県内でも有名な高層マンションだった。そして、期待を裏切らず、最上階である。いや、意味が分からないし。
「大学の先生ってそんなに給料高かった?」
「そんなわけねーだろうが。親が金持ちなんだよ」
不労所得ってやつが入ってくるご身分でな…と先生は鍵を開ける。おおう、カードキーである。まさかのぼんぼんとは…
「どうぞ」
「お邪魔します」
「スリッパあるけど、お前、いる?」
「いらないでーす」
スニーカーを脱いで、廊下に足を伸ばす。
前を歩く先生の後頭部を眺めていると突然振り返り、でこぴんされた。
「痛っ!」
「お前な、そんな緊張しなくても取って食わねえっつの」
「は?」
「借りてきた猫みたいな大人しさじゃねえかよ」
「はあ、まあ」
先程の合コンで葉月ちゃんに暴露された高校時代の彼氏以来、もうこりごりだと私には彼氏がいなかった。つまり、男の人の一人暮らしの部屋に入るのは初めてなのである。
「ったく、はい、リビング」
ソファーを指差されたので、そこに座る。
「センセ、この部屋タバコ吸っていいんですよね?」
「ああ」
不思議そうな顔をしているので種明かしをしよう。
「部屋のクロスがヤニで茶色がかってる」
「名探偵かよ」
「臨床心理士の卵の観察眼です」
「ニコチンへの愛だろ」
違いない。と笑う私を置いて先生はキッチンらしき場所へ向かう。
「お前、ビールいける?日本酒とかワインとかあるけど」
「…いえね、ワタクシ下戸でして」
「はあ?強そうな顔してるくせに?」
先生は、自分の分のビールと私にミネラルウォーターを持ってきた。すごい。グラスに氷が入ってる。さすがぼんぼん。
「で、何があったんだ?お前が八つ当たりだなんて珍しいじゃないか」
八つ当たり…?はて。そんなことをしただろうか。分かっていない私の顔を見て、苦い顔をして先生は言う。
「俺の好みの女の話」
「ああ。あれ。自己愛はんぱないやつですね」
「うるせえ」
ったく、と先生は缶ビールを開ける。見たことない銘柄だが私は見ざる言わざる聞かざるを貫こう。
室内の壁掛け時計を見ると23時である。ここまで心配をかけたのだ。言うしかないだろう。