コインパーキングにて
私はバイクを走らせると、いつの間にか以前のコインパーキングに来ていた。諏訪直美と名乗る変な男と出会った場所である。タバコを取りだし、火を点けようとするが、点かない。ライターのオイル切れである。
「ほんと、厄日…」
思わず舌打ちが漏れる。
「似てるって言ってもらえたのになあ…」
駄目だ。色々堪えるあまり、夜の駐車場で独り言を呟く痛い女になっている。
私がヒロインだったら、ここにあの変な男が現れるはずだが、そんな現実はない。
電話を取り出す。さて、誰にかけようか。そもそも友達の少ない私である。電話帳には限られた人数しか載っていない。その中から選んだのは気まぐれだった。多分、無意識のうちに一番出なさそうな人を選んだのだろう。
「………」
コール音が響く。
出ないか。子どもの頃、母から電話をかけるときは10コールかけて相手が出なかったら切りなさいと教わった。あと、3、2、
「お前、何の用があってかけてきた」
低い声が耳に届く。
「あ、出たんだ…」
「あ?出たらまずいのか?」
「そんなことないですよ、冨永センセ」
私が選んだのは、この男だった。
「何してたんですか?」
「テレビ観ながらビール飲んでた」
「ふーん」
「聞いたわりにはどうでもよさげだな」
「何観てたんですか?」
「一応のように聞くな」
経済の情報番組だよと言いながら先生は笑う。
「それ、奥様は退屈じゃないんですか?」
「は?俺、独身だけど?」
「そうなんですか?」
「お前、俺に興味なさすぎだろ」
学内では結構有名な話だぞと先生は言う。
「え?じゃあ、好みのタイプは?」
「……背が高くて目付きの悪い女」
「うっわー、冨永センセ、ナルシストー!自己愛はんぱないっすね」
「ああ?」
「だって自分と似たような外見好きってことじゃないですか」
「お前…どうやら明日を命日にしたいらしいな」
「あはははは、明日は土曜日ですのでセンセと会うことはありません」
はーっと電話口で先生は深いため息を吐いた。
「お前、今どこにいんの?」
「都内のコインパーキングです」
「は?」
「諸事情につき」
「××号線のコンビニ分かるか?」
「ええまあ。元ヤンが経営してると噂の」
地元のコンビニの耳寄り情報である。
「二時間以内に来い。来なければ明日、家庭訪問だ」
「は?ちょっ…」
切りやがった、あいつ。しかし、あの先生なら本当に家庭訪問くらいやらかしそうである。二時間なら余裕である。
私は伸びをした。
「行くとしますか」