居酒屋
諏訪直美と名乗る人物と遭遇してから二週間が過ぎた。連絡はしていない。さりげなく美結に仕事の話を聞いてみたが、女優としての仕事はまだないらしい。高校を卒業したらモデルを辞めて劇団に入り、一から学びたいと熱く語ってくれた。ひたむきで、一生懸命で、誰もが応援したくなるヒロイン気質な妹である。
そして、私は、今、合コンの席にいる。始まりは高校生の頃の友達からの連絡であった。地味な私の地味な友達、葉月ちゃん。昨日の夜に久しぶりに連絡があった。都内で就職した葉月ちゃんが職場の先輩にうっかり「モデルの美結の姉と友達である」とこぼしてしまったらしい。泣きそうになりながら明日の合コンに来てほしいと頼まれたらさすがに断れない。見世物ちゃうぞごるあと言いたいが、高校時代の思い出が甦り、結局、私は居酒屋にいる。そう、大人数用の机に挙動不審にちらちらとこちらを見る眼鏡のデブと二人きりで。
女性陣がメイク直しに旅立ったのち、男性陣もトイレへと旅立った。よいよい、好き勝手に論評するがよい。今時でもそんなことするのか合コンとは…という考えに耽っていると、挙動不審な男が話しかけてきた。
「あ、あの…」
「はい?」
「モデルの美結さんのお姉さんなんですよね」
「まあ、一応」
「あ、あの、その服、美結さんと同じ洗濯機で洗ってるんですか?いくらで売ってもらえます?」
滅せよ、変態。
返事はせずに聞こえよがしに大きなため息を吐いてお手洗いへと立ち去る。私はバイクで来たため、アルコールは飲んでいない。無謀にも飲み負けしてたまるものかとオレンジジュースを飲み続けたのでそろそろ限界である。
トイレの方向へ向かうと聞き覚えのある声がした。こんなところで立ち話ですか。こうなると嫌な予感しかしない。
「お前、あれはないわー!美結ちゃんのお姉ちゃんって聞いたから来たのにマジでないわー」
「ほんとにない!っつーか、合コンにあんな地味な格好で来るか普通?」
男性陣からのブーイングに女性陣が甲高い声を挙げて笑っている。もちろん、葉月ちゃんも。
「いやいや、だから言ったじゃん。高校の頃から地味だったって。文芸部とか入ってたし、オタクだってあれ」
なにそれー、ありえなーいとの声が飛び交う。
久しぶりに会った葉月ちゃんは、昔とちがって随分綺麗になったと思っていたんだが、内面も随分変わっていたらしい。
「あ、でもあれとやればモデルの美結の姉ちゃんとやったって自慢できんじゃね?」
「お前げすーい。俺は容姿が無理ー」
「でも、あの子、高校の頃彼氏いたよ?結局、美結ちゃん狙いだったみたいだけど」
「うっわー」
同情しているように見せかけて嘲笑う声。私ははーっとため息を吐き出す。今日は厄日である。カツカツと私は近づく。
彼らは気付かない。
ガンっっ!!
思い切り壁を殴る。突然の音に反応してこちらを見る彼ら。私は眼鏡を外して、葉月だけを見つめる。
「気分悪いんだけど、帰っていい?」
質問のように見せかけた断定。葉月は答えない。そのまま、私は体を翻し、その場を立ち去る。
葉月が名前を呼んだ気がしたが振り返らなかった。