遭遇
お姉ちゃんありがとう!!助かった!!と叫び走り去る美結を見送る。
ギリギリ撮影の時間には間に合いそうだ。
停車するにも道は混んでいるので現場近くのコインパーキングに駐車したわけである。
都内に来るのも久しぶりだが、人が多いところはめんどくさくて嫌いである。
真っ直ぐ帰ろう。というか、私には大学に戻って課題をする任務がある。
ゆっくりバイクに跨がったところでその人と目が合った。
特段、美しい顔というわけではない。しかし、その力強い瞳が、筋肉質な身体が、彼を造作以上にイケメンに見せていた。しなやかな豹のような歩き方でこちらに近寄ってきた彼は言った。
「モデルの美結さんのご家族ですか?」
「いえ、違います」
面倒ごとは避けるに限る。しかし、次に彼は私がいまだかつて言われたことのなかった言葉を発した。
「え?似てるのに?」
「……は?」
「いやいや、似てるでしょ?」
不思議そうに彼はそのまま私の黒縁の眼鏡を外した。それは初対面の距離ではなかったが彼の動作があまりにも自然でうっかり許してしまった。
「ほら、目元が似てる」
彼は悪戯が成功した子どものようににっと笑った。
「はあ…まあ…姉ですけど」
驚きのあまり認めてしまったが、姉ですけど似ていないはずである。ぱっちり二重の綺麗なアーモンドアイの妹と違い私は一重の切れ長な目である。気を付けなければ目付きの悪い人になるので眼鏡をかけるようにしている。視力はそこまで悪くはない。
「俺、こういうものです」
名刺を渡された。住所不定無職と言われた方が納得できる雰囲気の彼であったが名刺には
「映画監督、諏訪直美…ってあの監督、男の人?は?え?」
「あ、知ってるんだー」
彼女…というか、彼の監督する映画は何作か観たことがある。その名前と女性目線の恋愛映画ということからてっきり女性だと思っていたが。いやでも
「え?ほんもの?」
とりあえず疑う。美結なら信じるだろうが私は疑う。
「あはは、ちょっと待ってー」
彼は慣れた様子で電話をかける。
「うん、今疑われてるの。よろしくー」
と私に電話を代わる。
「もしもし、金子アツトシですけど」
それは特徴的な低い声の若手俳優だった。諏訪直美の映画にも出演している。
「信じがたいけど、それ、一応ほんものの諏訪直美だから。面倒かけそうだから知り合いとして謝っとくわ。ごめん。忙しいから、じゃあ」
「はあ…」
切れた電話を返しながら私はそういえば諏訪直美が、舞台挨拶などには一切姿を現さず、授賞式にすら現れない監督だったことを思い出していた。
「信じてくれた?」
「や、半信半疑というか」
「正直だねー」
カラカラと笑う。
「とりあえず、これ俺の連絡先。妹さんの仕事の話が内密にしたいから絶対かけてね」
じゃあねーと彼は去っていく。人混みの中を器用に歩きながら何度も振り返り手を振ってくれる。私はぼんやりとその姿を見送っていた。