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母の観察眼
このまま家に上げられるほど、この諏訪直美を名乗る男を信用しているわけではない。
近所の行きつけの喫茶店で待っていてもらうように伝えると彼はにこやかに頷いた。
玄関から出ていく彼は相変わらず人目を惹き付けるしなやかな動作だった。
「夕夏の彼氏?」
母親が少し心配そうに問う。
「いや、知り合い」
「そう」
「何でそんなに心配そうなの?」
肝っ玉母ちゃんを地でいく彼女は大概の判断を子どもに任せる。その信頼を裏切らないようにしようと思えるだけの愛を感じて育ってきた。そんな彼女がどうしたというのだろう。
母が玄関の脇にある鏡を指差す。
「あの人、すっごい見てたのよ。今、出ていく時だってそこのガラスに写った自分見てたし」
ナルシストか。
「ああいう、自己愛っていうの?強い人は夕夏には合わないんじゃないかなあって」
「うん。彼氏じゃないから大丈夫」
観察眼に優れた母にはいまだに勝つことができないでいる。私もまだまだである。
「ちょっと行ってくるね」
「気を付けてね」
とりあえず、部屋に上がって着替えて来なければならない。