来訪者
中学生の頃、私はカウンセリングを受けていた。精神科に通って薬を処方されていたわけではない。学校のスクールカウンセラーと毎週三十分、話をしていた。背の低いよく笑う男の先生だった。
いじめにあっていたわけではない。少数ながら心許せる友達もいた。ただ成長するにつれ、辛くなっていったのだ。小さな頃から、美咲は美しかった。大きな瞳の愛くるしい顔立ち。透き通るような肌。比較されても私は私だと思えたのは肝っ玉な母のおかげだった。それでも、周りが恋愛を意識し始める思春期を迎えるとどうしても周りの態度は露骨になるし、私自身が劣等感で苦しくてたまらなかった。美結はいつでもお姉ちゃん、お姉ちゃんと私を慕ってくれる。それなのに私はこの子に本心からの笑顔を返せない。そんな自分が大嫌いだった。そんな話を先生は聞いてくれた。そして考えてくれた。卒業間際、先生がくれた言葉は今も覚えている。しかし、同時に私を縛ってもいる。
私が臨床心理士になりたいと思ったのは、その先生の影響が大きい。
「あっつ…」
一週間前から部屋に閉じ籠っている。最初はご飯は一応、家族と食べていた。しかし、今では母が「無理に笑顔で食べる方が疲れるでしょ」と部屋に運んでくれている。食べる気力もあまりなく、ほとんど残しているが母は何も言わない。話すつもりになったら話すだろうと信頼されている。そして私がその信頼を裏切って自棄になれない性格であることを彼女はよく分かっている。
寝る前にタイマーで点けたエアコンが切れている。部屋が西陽で包まれる17時。
スマートフォンは電源を落として放置してある。
一週間前、光輝くんの差し出した紙には、私がモデルの美結の姉であること。高校時代にできた彼氏も美結狙いであった時の経緯が赤裸々に書かれていた。恐らく犯人は、葉月ちゃんかあの合コンに来ていたメンバーであろう。まさかこんなカウンターを食らうとは。窓を開けてタバコに火を点ける。外の気温と室内の気温が混ざりあっても暑苦しい。
きっと今頃、情報は拡散されてさらに内容も加えられているのだろう。ネット社会というのは恐ろしいな。モデルの美結がそれだけ有名であるということかもしれないけれども。
部屋のドアをノックする音がした。返事をすると、恰幅のよい母が顔を覗かせる。
「夕夏、お客様だけれども、どうする?」
「名前は?」
「それが教えてくれなくてねえ」
「どんな人?」
「若くて背の高い男の人」
…先生だろうか?一瞬、浮かんだような気持ちを自分で踏みにじる。
「変な人だったら困るし、断っておくね」
「や、出るよ」
素っぴんにジャージであるが、まあ構わないだろう。眼鏡をかけて玄関に向かう。
「久しぶり」
「お久しぶりです、諏訪さん」
後ろから様子を見ていた母は知り合いと分かると安心したようでリビングに通じるドアへと消えた。
そこにいたのは、夏の始まりに出会った諏訪直美を名乗る男だった。




