魔王と逃避者とステータス
「魔王様! やっと来ましたよ! 勇者様が! 何かグラサンしてます!」
気になるワードを言った変な見た目をしている奴を置いて僕は逃げ出した。
そのせいで僕は、よく分からない所に一人ポツン状態だが、後悔はしていない。
しかし、ここが何処かも分からないから、とても困った状況だという事は変わらなかった。
さっき出て行った奴を追いかけるという選択肢がちらつく。
何だかんだ言って、あいつは電波だが人間だ。
話をする事も頑張れば可能だろう。
だけど、電波と関わっても碌な目に会わないという事実がそれを拒否する。
しかし、右も左も分からない状況なのに、せっかくの可能性を潰すのは馬鹿のする事だとも思う。
いつまでも彷徨っているのは疲れるし、ここはやっぱりここは追いかけるのか最善なんだろう。
くそ、だるいな追いかけるとか。
何か目眩がするし、酔ってる感じがしてふらつく。
やっぱり逃げなければ良かったな。
……はぁ、動くのかぁ、だるいわー。
「……いや、ちょっと待てよ」
さっきの言葉からして、人を呼んで来るって感じだった。
だったら、待ってても大丈夫な気がする。
それに絶対にその方が楽だ。
僕は、壁に背中を当ててそのまま座り込んだ。
休める安堵感からか、ふぅと口から息が漏れた。
――そういや今更だが、本当に転移できたんだな――
それに、もしかしたら異世界なのかもしれない。
光が入って来て分かったが、この部屋みたいな所は色々おかしい。
地面を掘って作ったであろうこの部屋は、目測だが、縦、横、高さ共に四メートルくらいの正方形みたいな形をしている。
それだけだったら、綺麗に掘ったなーで終わるが、なんか壁も床も天井も緑色、少し暗めな緑色だ。
とても目に優しくて自分的には嬉しいのだが、地球にはここまではっきりとした緑色の地中は無かったはずだ。
……もしも本当に異世界だったら楽しくなりそうだな。
魔法を使えるかもしれないし、剣とかでカッコよくモンスターを倒す事も出来るかもしれないし、物語の主人公のように魔王を倒す事も出来るかもしれない。
現実逃避で魔法陣に飛び込んだが、正解だったかもしれない。
『魔王様の命令だ! 皆、勇者を捕らえて魔王様の下に連れて来い!』
うーん……たぶん、勇者って僕のことだよな。
変な奴が僕の顔を見て勇者だ! グラサンしてる! って、叫んでたし、きっとそうだろう。
勇者か……だったらこの世界でチートな存在だろうし、優遇されたりして楽に暮らしていけるのかも。
あわよくば、王女様と結婚してヒモ生活みたいな事も出来るのかもしれない。
……何か楽して生きていけそうだな。フフン。
浮かれて忘れていたが、さっきの声の言う勇者が本当に僕の事だったら、座って休んでる僕は楽に魔王に捕まりそうだな。
それにしても勇者かぁ……夢が広がるなぁフフン。
……ん? このまま、休んでたら魔王に捕まるじゃん!
何で呑気に妄想に浸っていたんだ!?
つかまるじゃん! フフン。じゃねーよ!
さっさと逃げないと。
フフン、僕は逃げるのには自信があるんだ。
――――――――――
「勇者確保!」
詰んだ。
人生詰んだ。
思えば案外つまらない人生だったな。
じゃあ、別に終わってもいいのかな?
でも、もしも次があるのなら、その時は楽しくなるように生きていこう。
……嗚呼、何か意識が朦朧としてきた。
ハハ、何かもう普通に死にそうだな。
「あぁ! 何か知らないけど勇者が落ちた! 誰か回復出来る奴呼んで来い!」
それが、意識を失う前の最後の言葉だった。
――――――――――
あれ、ここは何処だ。
というか、生きていたのか?
絶体死んだと思ったのに。
……とりあえず、現状の確認だ。
下が何かフカフカしていて、たぶんベッドかな。
上は天井だから、とりあえず室内にはいそうだな。
そして、右と左はカーテンか。
もしかして、保健室か病院にいるのか?
……どういうことだ?
さっきのは夢とかだったのか?
「よう、起きたみたいだな」
この声は!?
慌てて僕は起き上がった。
うわぁ、魔王だ、魔王がいる、何だよ結局状況変わってないじゃん。
これ絶対詰んだじゃん。
うわぁ、本当最悪だ。
こいつが独り言言ってる所もろに見ちゃったんだよな。
地味に気まずいんだよな……。
「お前今、絶対失礼なこと考えたよな。……まあいいか」
バレたか。
まあ、こんなに分かりやすく「僕流、気まずそうな目」をしていたら誰でも分かるか。
「ゴホンッ、とりあえず改めて――うっ! ゲホゲホ――フゥ、俺……じゃないな、我……そう我が城へようこそ! そうつまり、俺がこの城で一番偉い魔お――いっつ舌嚙んだ」
うわぁ凄い残念な奴だ。
稀に見る残念な奴だよこいつ。
思わず応援したくなるレベルの残念な奴だ。親近感を持てる。
僕はこんな奴にビビってたのか、情けない。
うん、これだったらフレンドリーに接することが出来そうだ。
「あははっ、お前面白いな。僕は奈緒、清水奈緒って言うんだ。よろしくな! 魔王さん」
「おっおう、よっ、よろしくなナオ」
「ん? どうした、そんなに驚いて」
「いや、ナオって見た目の割に活発に喋るんだなって」
「……あはは、よく言われるよ」
「だろうな。俺もそう思う」
「いやーでも、話通じる奴がいて良かったわ。しかも、話しやすいし」
「おう、ありがとよ――――って、そうじゃねーー!!」
和気あいあいと談笑していたら、魔王がいきなり叫んだ。
話しやすい奴だと思っていたが、追加オプションとして変人が付いているのだろう。
普段だったら、こういう奴とは関わり合いたくないけど今はえり好み出来ない。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも俺魔王だぜ! 何かもっとこう恐れたり崇拝したりしろよ! つまんないだろ!」
何と理不尽な怒りだろう。
僕はここまで理不尽に怒る奴を見たことがない。
でも、しょうがない。我慢だ我慢。今はこいつしか頼れる存在がいない。
「だって、お前さぁちょろそうにしか見えないじゃん。恐れたりするわけないだろ」
「な、なんだと…………い、威厳、威厳はあるよな!」
「残念ながら全く。あと覇気もなさそうですね。……貴方本当に魔王なんですか」
「な――――な、な」
パキッ。
何かが折れた音がしたような気がする。
別にどうでもいいが。
話てるうちに魔王かどうか怪しくなってくるこの残念さ。
魔王(仮)にでも改めるか。
それにしても、こいつ面白いな。
何か可哀想だからもう言うのはやめてあげよう。
聞きたいこともたくさんあるし会話はそっちにしよう。
「魔王(仮)、そう言えばここって何処なんだ? まず、ここ地球?」
「んあ、ああ。そういえばまだそういう説明をしていなかったな、フフン! よかろう何でも我に聞くがよい」
あっ、もう立ち直った。
凄いメンタルをしているな。
あとフフン被ったな、何か嫌だからもう使うのやめよう。
「じゃあ、地球じゃないかと、今いる場所と、地球じゃない場合はどういう世界かをまずは教えてくれ」
「ああ、分かった。まずここは地球ではない、場所は人からはデスグラウンドと呼ばれている場所だが、正式名称としては俺の領地だから魔王領って感じかな、で、その中心に立っているのがこの魔王城だ。世界としてはお前の世界で言う剣と魔法のファンタジーな世界だ」
ん? 剣と魔法のファンタジーって言ったよな、何で知ってるんだ?
蜥蜴のコスプレしてた奴が、最後の勇者って言ってたから、僕より前に召喚された奴が言ったのか?
……それにしても、剣と魔法のファンタジーな世界か。
魔法が使えたりするという事だろ?
僕にも出来るのか?
「なあなあ、魔王。魔法ってどうやって使うの?」
「呪文を唱えてMPがあれば誰でも使える。慣れてくれば唱えなくとも使えるけどな、ほらっ」
魔王の右手の人差し指の上に黒い炎が現れた。
とても熱そうだ。
魔王が座っている椅子と僕のいるベッドでは距離が二メートルくらいと結構距離があるのに熱気が伝わってくる。
おおっ、凄い。僕もああいうのが出来るようになれればいいな。
黒い炎とか凄くファンタジーだな。中二心をくすぐられる。
……というか、指先に炎を灯して魔王は熱くないのか?
とても謎だ。
黒い炎は何秒か見入っていると消えた。
消える前に魔王が指を激しく振っていたので、きっと熱かったのだろう。
……触れないであげよう。
そして炎系の魔法は注意して使おう。
「僕ってMPあると思う? 魔法使えると思う?」
「ステータスを確認すれば――そうだ、そうだよ。それが気になってたんだよ! ステータス見せてよ!」
「う、うん。いいけど」
何だこいつ。
よく分からない奴だな。
「どうやったら、見れるんだ?」
「『ステータス』って念じれば出て来る」
「うん、分かった」
えっと、ステータス、ステータスっと。
うおっ、何か目の前に薄くて四角い物体が出て来た。
……文字の羅列が書いてあるな、これがステータスか?
金属で出来た板みたいに見えるから、ステータスプレートみたいな感じかな。
――――――――――
称号 召喚を拒否し続けた最悪な勇者・現実から逃げた者
加護 ――――
名前 清水奈緒
性別 男
年齢 十五
Lv;1
Hp;100/100
Mp;80/80
体力;50
筋力;50
物耐;50
敏捷;50
魔力;50
魔耐;50
スキル; 翻訳 モンスター化 逃げ足 回避 悪運
――――――――――
と、書かれていた。
ゲームみたいだなと思いながら読んでいく。
……称号完璧に悪口じゃねーか!
え、何なのこれ悪意とかそういうのないよな。
もしも、悪意とかがあったら叩き割るよ。
ステータスは……比べる対象がいないから高いかどうか分からない。
多分、体力は持久力どのぐらい走ることが出来るとかそういうところだよな。
筋力は単純に力。
物耐は物理に対する耐性。
敏捷は動きが早いかどうか。
魔力は魔法に込められる力。
魔耐は魔法に対する耐性って感じかな。
どれもゲームみたいに、Lvが上がるごとに、向上していくのか?
スキルは……モンスター化がとにかく気になるな。
使ったらモンスターになるのか?
……うーん、それ以外は思いつかない。
あと良いのか悪いかも分からないな。
「どうだった、見せて見せて!」
魔王はそう言って、凄い勢いでステータスプレートをひったくった。
ステータスって取ることが出来るのか。
無くなったら困るものだと思うのに。
無くしたらどうなるんだ?
スペアが出て来るのか、それとも音沙汰が無くなるのか。
気が向いたら確かめてみるか。壊す方向で。
「……微妙だな。まあ、一般人と比べたら強いが、勇者としては微妙な所だな。称号は何故か悪口だし、スキルは少ない方だし、おまけに使えるかどうか微妙なものだし、ま、まあ、まだモンスター化の方もあるし気にするな」
そう言って魔王はステータスプレートを返して来た。
憐れんだ感じが気に障る。
初め、自分で人の事をズタボロ言ったくせに、フォローしてくる無駄優しさがかなりうざい。
というか、僕のステータスって微妙なのか。
地味に傷つくな。
いや、でもまだモンスター化っていう方があるらしいし、そっちに期待しよう。
だって勇者なんだから、チートが在ってもおかしくない。
というか、モンスター化って結局どういうものなんだ?
聞いてみるか。
「……なぁ、モンスター化ってどういう事?」
「ほら、ステータスにモンスター化って書いてあっただろ」
「うん」
「つまり、モンスターになれるんだ」
「マジか」
まさか、予想が本当に合っていたとは。
どんな、モンスターになるのだろうか。
「どんなモンスターになるんだ?」
「人によってさまざまなんだけど、例えばスライム系とかゴースト系とか猫みたいな動物系とかドラゴン系とかだな。まあ、やってみないと分からないんだけどな」
「へー、そりゃ凄い。どうやったらモンスターになれるんだ?」
「ああ、それは――いや待て、ここでなられたら困るな、ドラゴンとかの大きい奴だったらせっかく作った保健室が壊れるな。場所を変えよう」
やっぱり保健室だったのか。
というか、何でこいつは保健室知っているんだ。
勇者の誰かに教えて貰ったのか?
いやでも、こんな事を一々教える奴とかいるのか?
「なあ、何で魔王は保健室知ってんだ」
「そりゃ、もともと俺日本人だったしな」
「へぇー、そうなんだ――えっ?」
「いや、だから俺もともと日本人だったんだよ」
え? マジで?
兄さん絶対嘘吐いているでしょ。