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90 霧散2

ここは老人ホーム風の姥捨て山だ。贄を集める施設。


「ここが一番発動しそうなのね」

「はい」


無表情を装ってはいるが、四人共心は荒れているのが感じられる。

ブラッドリーとおじさんは実際にそこを目にして、漸く現実的に危機が訪れていることを認める事が出来たようだ。遅すぎるけど、そんなもんだろうとも思う。

隠されていた真実を教えた時も随分荒れたが、今目にしている事実には声も出せないでいる。


「今すぐあの人達を助け出せなんて言わないで下さいね」

「何故…」


今までの自分達の事はもう忘れたのだろうか。私達の冷ややかな視線の意味を理解しなさい。


「助けたいならあなたが自分で行えばいいですわ」

「僕達の邪魔だけはしないでね」

「マリエル、下ろしてあげて」


冷ややかさを増したマリエルの視線が彼等を刺す。下ろされた事も冷ややかさも、現状も、受け入れ切れていないのだろう。

見たのに、聞いたのに、それでもこの有様。

おじさんはブラッドリーと違い唇を噛み締めているがその目は悔しさと私達に縋りたい甘えの両方を見せてきた。


「では行きましょう」


おじさんが声を出そうとするのを無視して結界を施し姿を隠した。



◇◆◇


憧憬、恋慕。尊敬、畏怖。


失望……。


「出来る力がありながら何故しない!」


憤る私は同じ思いを抱いているに違いない父を見る。


「父さん…」


その目に浮かぶのは失望には違いなかった。が、それは彼等にではなく私にだ。

何故なのか。


「お前は守護様と同じなのだな」


守護様と同じ?


「どういう事だ?」


父さんは首を振る。何も言う気はないらしい。

考え込む私をよそに父さんが声を上げた。


「一緒に連れて行ってください。邪魔はしません。これから起こる全てを見なければならない」


行ってしまった四人にその様な声が届くはずがない。置いて行ってしまったではないか。

確かに偉いのだろう。力があるのだろう。でも、無責任で薄情なあんな男達と一緒にいるせいで心結さんも考え方が冷たくなってしまったに違いない。明るく朗らかな心結さんがあんな冷酷な考え方に馴染むとは思えない。

私も一緒に行って元の彼女に戻さなければ。

あのピアスだってもしかしたら得体の知れない力が込められていて操られているのかもしれない。


「私も行きます!」


父さんに続いて声を上げた。

居るかいないか分からない。だけど、ここで声を上げなければならない。

私が守る。私が救い出す。

心結さん達だって私達がその様に動けば、それを放っておけるはずがない。

私達の世界から失われた知識を与えてくれた。

護る者の在り方を教えてくれた。

真実を見せてくれた。

何だかんだと言いながらも私達に協力してくれている。

オカリナ、音楽、善い波動の効果を実践し証明してくれた。

冷たく厳しい態度をとっているように見せているが、結局手も伸ばし、知恵も与えてくれている。

その温かさが本来の彼女の姿だ。

彼女の力があれば手も口も出す必要がないから守護様も引いたのだろう。

そして、このままこの地に住み、私と家庭を築き、この地を守り導く。

きっとそれが最良なのだ。

その為にこの地に遣わされたのだ。


心結さんにお付きのジルさんもこの地に縁付けばいい。

あの冷たいマリエル様とリコル様は…心結さんの手足となって活動すればいい。


そう、救い出す!国を正常に戻し、心結さんが穏やかに過ごせる世界を造る!!


「うわぁっ!!」


水が頭上から降ってきた。降り続く。息が出来ない!溺れる!助けて!


「おじさんは大丈夫だけど」

「こいつ、影響受けすぎでしょ。僕、嫌だなぁ」

「鈍さが役に立ってよかったですわね」

「みるみるあてられていきましたね」


水が止んだ。息を乱す私を消えた四人が見ていた。


「息子がお見苦しい姿を…」

「こういう所だよ、ブラッドリー」


刺さる。そして熱くなっていた思考が徐々に冷静さを取り戻していくのを感じるが、心はまだ抗っているのを感じる。


「俺達が行く場所は、俺達でさえも吐きそうになった程の所です。それでもあなた達は行くのですか?」


無理だと言いたいんだろう。分かる。落ち着いてしまったら、自分の正義が暴走したことは理解できた。でも、私はそんなに悪い事を考えただろうか。正義には違いないのに何がいけないのだろう。


「足手纏いなのは十二分に承知しています。それでも連れて行ってください。愚息は責任を持って抑えます」

「どうやってですの?」

「僕達に具体的にどうするか示してよ」


荒く乱れる呼吸を直すのに言葉を発する事が出来ない。心と体と思考回路が全部バラバラになっているかの様だ。そんな私をよそに話は進んでいく。


「力技で抑えます」

「出来るの?」


父さんがまだ動けないでいる私を縛った。


「口出しも迷惑ですわ」


結び目を作った手ぬぐいを私の口に当て頭の後ろできつく結んだ。

まるで罪人だ。酷いものだが抵抗して声を出す気にはならなかった。

されるがまま。

なんて不恰好だろうか。

でもこれで真実の一つを直接目にすることが出来るならいい。


「……ちょっと…これどういうことですの?」

「本当に良くも悪くも影響受けすぎ」

「悪い子じゃないのよね」


心結さん、あなたより年上なのに…子…とは。


「ブラッドリー、あなた、もっと自分で自分をしっかり守れないと呑まれるわよ」


今、声を出せない私は父さんを見る。どういう意味なのだ?いや、たった今、悪霊の影響を受けていた?


「今は二人に聖結界を施します」

「う~ん、よく分からないだろうけど、敢えて聖結界ってマリエルが言ったのは二人を悪霊や瘴気から守る為のものだからってことね。それでも具合悪くなると思うから覚悟しておいてね?」

「え~、マリエルそれ僕達にも掛けてよ」

「俺達は聖水でしのぐのですよ。力は有限なのですから陣の破壊と浄化に全力を振るってください」


…彼等でも万能ではないのか。


「では、行くよっ!」


明るく声を上げたのは心結さん。そして、その姿が心結さんから別人へと変化した。髪と瞳の色が変わるだけでまるで別人。


「ふふっ、もうウィッグとカラコンじゃなくても出来る様になっていたのよ!すごいでしょ、マリエル!」

「ええ。さすがですね。でも、俺に頼ってもらえる事が減ってしまったことは残念ですね」


ジルさんも変化している。あ、マリエル様も変わった。リコル様もだ。

神々しさに目が眩む。

なんだ、私なんか全く足元にも及ばない。とても並べない。

ああ、そうか。別次元の人だ。

そう、言葉のままの別次元。

やっと理解できた。


「こういうことか」


父さんも同じような事を思ったのかもしれない。私の心を代弁する様な言葉を発したのは父さんだった。



でも、理解できたと思うのはまだまだ早かったらしいとすぐに思う事になる。



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