8 攻防
テレポートでカミーユの前に現れたマリエルだが何かあったようだった。しっかり立つことも辛い様で、現れた途端フラリとバランスを崩して、両膝を着いてしまった。マスクも外している。
「マリエルっ」
それ以上倒れない様にマリエルを胸に抱く。顔色は悪く、汗もかいている。
「すいません、大丈夫です。と言ってもこのザマでは信じて貰えないでしょうが」
「『治癒』使える?」
「俺としたことが動転してそんな初歩的な事すら忘れていた様です」
そう言って治癒を発動して直ぐに治してしまう。十分効いているのは分かるが、まだ顔色はすぐれない。聖水も飲ませる。
「早速ですが、聖水を流し込みましょう。上から流すと水圧で建物が崩壊するかもしれませんので、1階から流しましょう。
地下に三人、人が居ましたがカミーユの言っていた通り何かヤバそうなので早くしてしまう方が良さそうです。
チラッとしか見られなかったのですが、床が赤かった気がします」
赤が何か…多分…予想はできるが。
マリエルにくっついて1階まで跳ぶ。凄く嫌な感じがする。
地下室の入口があるという部屋から最も離れた場所に立つ。これ以上、足が前に出ない。
「どうかしましたか?そこからだと確実には流すことは出来ませんよ」
「でも、駄目。この場所から出す。これは変えられない」
この場所でも背筋は冷え、ザワリザワリと騒ぐ。耐え切れずに思わず一歩下がる。壁にぶつかり、もうこれ以上下がれない。
「脱出のタイミングはマリエルに任せる。援護お願い。いくよっ!」
マリエルの返事を待たずに構える。真っ直ぐ腕を出し、左手で右手首を支える。
「はあっ!!」
聖水が勢いよく放出される。まるで水の竜の様に形づくられた聖水は廊下を真っ直ぐにはしる。
ドアが開いている部屋の前で聖水が曲がった。マリエルがその部屋に聖水を入れる為に力を使ったようだ。
ゴォーッという音が他の音をかき消す。まだまだ聖水は行き止まることなく流れ込んで行く。
『カミーユっ、どうですか?』
『ん。まだ、駄目っぽい。あ。大きな反応が消えた。逃げられたっぽい』
『くっ…無理をしないで下さい』
『待って、もうちょっとで何か、ひっぺがせる……剥がせたっ』
これだけは今しなくちゃいけない。
大物(推定)に逃げられたのと何か剥がせた事によって、足が前に動く様になった。
『残滓も始末する』
聖水を出しながら流れる先を追う。聖水が押し戻され始めたので出すのをやめる。
マリエルが私を抱えて浮いてくれる。その足元を聖水が低く弱く逆流していく。
「地下に行きたいんだけど、付いて来てくれる?」
「視たところ、残滓も既にありません」
「そう。…そうね、じゃあ、いいや」
三人居たと言っていたから、溺れて亡くなったかもしれない。薄情だとは思うが、よくて瀕死…いや、運がよければただの気絶…だけど死体があるかもしれないなら、できたら見たくないというのが本音だ。ひとまず場所が浄化されたのならいい。
思ったより疲れた私達は部屋へ戻った。
疲れたので全部放って、先にお風呂に入ることにする。一声掛けておこう。
「マリエル、私、先にお風呂入るから。私の後にマリエルも入れば?報告はその後にしよう」
悪いけど長風呂になると思うので、さっさと入りに行く。
鏡に映るまだ見慣れない外見に少し驚いてしまったがバスローブを脱衣所に置き、服を脱ぐと浴室に入っていく。日本だったらバスローブなんて絶対使わないなぁとチラッと視線をおくる。
此処のお風呂は、贅沢な聖水風呂である。
髪を纏める事もせず、鼻の下までずぶずぶと浸かっていく。目を閉じて何も考えず、ただ、ぼーっと浸かる。髪がピンクのワカメの様にびろびろ~んと漂っているがお湯が汚れるわけじゃないので気にしない。聖水様サマである。
気持ちいい。湯にどっぷり浸かり疲れもドッと出てきて眠い。頭を起こしているのも辛くなり、浴槽の縁に頭をコテンとくっつける。うつらうつらしている自覚はあるが、完全に眠ってしまう事は無いだろう…そう思いながら意識は遠のいていった。
「う~ん、暑い。喉渇いた」
「はい、どうぞ」
手渡された冷たい水を飲む。再びコテンと頭を預け目を閉じる。
安定感の悪さに体を捩ると腰を支えられた。そう、腰を支えられた。支えられた?
パチッと目が開く。お湯の温かさ以外の熱を感じる。やっぱり人間ですよね?!
落ち着け私、と言い聞かせる。見ない様に声を掛けてみる。
「のぼせそうなので、上がりたいのですが」
「では、出ましょう」
サッと私を抱えるとざっぱ~んと立ち上がる。
どこかを隠すよりも、危ういバランスに思わずしがみつく。先程までよりしっかり肌が触れ合う感触としがみついたせいで潰れる胸の感覚に、上げたままだった顔は温まったせいだけでなく、カァーッと赤く色付いていく。うっかり合ってしまった視線をどうしていいかわからない。
穴が開きそうな程マリエルの顔を見るだけの私に対して、マリエルはちょっと視線が動いた。
「どこ見てるのよっ!見ないでっっ、えっち、変態、どすけべっ!」
楽しそうな顔で無遠慮に視線を動かし舐める様に見てくる。
いや~っ、みーなーいーでぇ~。
体がプルプルと震え、羞恥で視界が滲む。
降ろしてくれる気は無い様で、そのままベッドまで運ばれる。ビショビショのままだったが、マリエルが指をパチンと鳴らすと、体と髪の余分な水分と濡れたベッドや床の水滴が無くなった。
「今夜は何もしませんよ。――期待していましたか?
疲れたので、もう寝ましょう」
私を抱き寄せると、マリエルは瞬く間に眠ってしまった。
ナマハダです~。服、着させて~。
抜け出そうと足掻いてみたが、結局、疲れと人肌の温もりに抗えず、いつの間にか眠っていた。