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79 向き

わたしの気持ちが揺らぐ。

何度も何度もこれでいいのかと繰り返し繰り返し浮かび、その度に今はまだと言い聞かせる。


でも。


神子の周辺から悪霊も多かった悪意も消えていった。

これは良い事。


わたし達が手を下さなくてもほんの少しづつ消えていった悪霊。それに伴い、薄れていった神子に向けられている悪感情。人の温かさによって自然に出来ていった光の結界。それによって神子の敵が自然に近づきにくくなっていく。

これでいいんだと思う。

それでも、国の上層部と神子の力によって得られる情報を繋ぐ役だけは切る事が出来ないため、担当者は上辺の表情すら不出来なまま神子と接触していく。

これも多分予想の範囲内のはず。だからこれでいいんだと思う。


起こっているこれらについて、考えられるのは……わたしはこれを報告していいのかしら?したくないのもあるけど、多分マリエル達に知らせない方がいい。

こんな事出来る人間なんて限られているじゃない。


「もう、……ったら。ホントに何ですの…意外と馬鹿なんだから」


名前は言ってはいけない。聞かれたらカミーユの計画もマリエルの予定にも支障が出るだろうから。


「でもきっと、振り回されるに違いないですわ。ふふ」


そしてわたしは少しばかり文句をつけながらも進んで楽しみにいくはず。そんな自分の姿が容易に想像できる。


「最終的には…の思い通りに事が運ぶのでしょうね。こっそり楽しみにしていますわ」


マリエルが示した方向からこっそり逸れる道をわたしが進み始めた事を知ったら不機嫌になるのでしょうね。でも構わない。その道の方が面白いに違いないもの。


「わたし達女性って意外と強かなんですのよ」


ああ、楽しくなってきた。

そう、これでいい。わたしは何故ここに居るのか。何のためにこうしているのか。

わたしのしたい事と成すべき事は何なのか。


決まっていたのではない。決められたのでもない。

わたしが決めた。

わたしの心に従って、最後に決定するのは私自身。未だ思い出してはもらえていないけど、わたしの事はわたしが決める。

お互いがお互いの心のままに。

それでもきっと丸くおさまる。



わたしは楽しいを思い出した。


◇◆◇


「マリエル~、バイオリンが出来上がるのってまだまだかかりそう?」

「そうですね。こちらの技術が低いのか、実際触れたことのない物のせいなのか、上手くいっていませんね」


聞かれたことに否定的な答えを返しておく。


「まぁ、しょうがないよね。私だってバイオリンなんて弾けないし、これに関してはマリエルにお願いの一択だしね」

「カミーユの方はどうですか?女優の為に何を?」


カミーユが目を逸らし耳の後ろを掻く。


「あ、う~ん。なんかさぁ、やってみたら歌手にはなれても、歌劇は無理って感じ?しっくりこないし、私の声ってそういうのに向いてないなぁって。やっぱり専門家から学ばなきゃキビシイし。知らなきゃこれでもいいのかもしれないけど、もうイメージがあるのもあって、違和感しかないんだよね。だから今は」


そう言って部屋から持ち出したのはクラリネットとサクソフォン。


「気の向くままに吹いてる。あとは、パート譜とフルスコア見て足りない音を足して一人でも楽しめる曲にしたりね。拙いながらも編曲に挑戦してみてるの。そうそう、ねぇ!打楽器も作ってもらおうよ!!考えてみて!、ね?」


カミーユは暇を持て余すことなく次を見つけたようだ。これならこのままで大丈夫だろう。劇団ももう興味なくなったようだし。それは幸いだった。カミーユのしなやかで滑らかな精神に傷を負わせたくない。さり気なく終わらせるには手を掛けなくてはならないが、カミーユに知られずにというのが一番の難題になる。


「ドラムの類は…革の扱いを見てからですね。さすがに俺でも皮をなめす知識はありませんから」

「私もない。調べた事も無いからお手上げね」


クスリと小さく笑いがもれる。


「そうですね。シロフォン、マリンバ、グロッケン。まぁ、あとはハンドベルとかでしょうか?」

「シロフォンがあったらやってみたい曲あるんだよね」

「時間がかかるでしょうが、手配しましょう」

「うん、お願い。ありがとう」


話が終わったと少し気を緩めたところで声が入る。


「ところで、私に隠れて何しているのかな?」

「何の事でしょう?」


この返しは咄嗟だったとはいえ、あまりにもあんまり過ぎた。俺らしくないと思う。

何かしていますと言っているようなものだ。


「言ってくれないとは思っているからいいんだけどね。でも、私が真綿にくるまれてなんてのをよしとしない性質たちだっていうのは忘れないでね?」

「ええ、勿論。それにそんなカミーユではせっかくの魅力が半減してしまうでしょう?」


カミーユの顔が引きつる。何故?美人が台無しだ。それでもそんな表情も可愛らしくもある。


「マリエルって本当はすごくイケていないのかも。惚れた欲目だけでいい男に見えているのかもしれないね」


カミーユにしては酷い言い草だ。でも、否定はできない。だから俺は何も言わず微笑んで見せる。


「ホント、自分の武器をよく知っているよね」


カミーユも同じ武器を持っているでしょう?ただ俺と違って意識して使うことは少なめなだけ。

武器は使って初めて武器となる。


「何でしょう?」


微笑みを崩さないで居たら、まだ、熱い視線が送られ続けてくる。そう、俺のこの顔に弱いのでしょう?


「くっ…!」


反応が二次元じみている。眉間にしわを寄せてはせっかくの美人に不相応なしわが刻まれ易くなってしまう。俺はそっと抱き寄せ眉間に唇を寄せる。


「唇じゃないって、かえって照れるかも」

「そうですか?」


合わされない瞳をこちらに向けたい。


「カミーユだったら瞼でも首でも手のひらでも、膝の裏でもつま先でも。どこであっても口付けたいですよ」

「くっぅ~」


身じろぐカミーユを閉じ込める。やられてばかりの様な気にさせられるのは何故だろう。問うまでもないか。惚れた弱みってやつだろう。


間違いなく答えることができる。

俺を振り回し翻弄するのはいつだってカミーユだ。俺の思う通りに事が運んだ事が一度でもあっただろうか。

今回だって今の所俺の計画を実行しているつもりでいる。…………が。

変更になった時はその時だ。でも絶対、その気配を感じて見せる。

俺の観察眼はカミーユには300満点発揮する。

もぞもぞと動いたカミーユが片手を出して俺の髪を耳に掛けた。


「散歩した時に教えて貰ったの」


ラピスラズリのピアスに触れてくる。その手に熱を感じるのは気のせいだろうか。


「何をですか?」

「ん」


もう一方の手も俺の耳に伸びる。


「伴侶の契約」


そっと外されたピアス。


「持っていて」


言われるままに掌に乗せられる。

カミーユの耳からもムーンストーンのピアスが外され…。


「うん、臭くない」


いい雰囲気が散る。


「…」

「…」


俺のも嗅ぐんだ。

気持ちがすっかり穏やかどころか、下降だ。ああ、雰囲気作りは俺の役目だった。ちょっとイイ感じだったから油断した。思考も若干どころか平常時の一割しか稼働していない気がする。

部屋で休んで回復させながらリコルと向かっていたが、精神的なものまでは完全回復はできないから蓄積しているのだろう。

もっと直接的に深く愛し合わないと満たされない。

今夜は絶対にカミーユを離さない。

そんな事を考えているうちに俺の耳にムーンストーンのピアスがはめられていた。


「私にもマリエルを付けて?」


カミーユに持ってもらい、長い髪を耳の後ろによけながら髪と耳に口付ける。わざとらしくチュッと音を立てるとカミーユの体温が上がった。ついでにそのまま耳を食む。更にチュッチュッチュッチュッチュッと唇を付ける。


「動かないで」


びくっと揺れる。カミーユの反応が心臓と下腹部を熱くする。


「出来ましたよ」


ほう、とカミーユの息が吐き出された。


「これで私達夫婦に見られるね」


え?それって。


「さっき言ったよ?聞いていなかった?だから反応無かったんだ」


そう、何かが。さらっと流した言葉。伴侶の契約。伴侶の契約?契約なんて文言が俺の反応を狂わせた。


「伴侶の契約、ですね」

「うん」


そうか。下腹部の熱さが下腹部の底と心臓とその周り、体と魂を揺さぶるような熱さへと変化する。


「見られる、だけじゃなく、そうなりませんか?」


似せただけでは足りない。欲しいのは本物。


「俺と結婚してください、カミーユ」


全く考えた事無いと言ったら嘘になる。でも、もっと俺らしいカミーユに相応しい演出をしたかった。

いや、これでいいのかもしれない。

カミーユはそういうのを好まない。

ああ、それでも、花束と指輪、いや、今回なら新しいピアスを用意するべきだったか。


「今は想いしか贈れませんが、この世界に合わせたピアスも地球の様に指輪も。俺の身体も魂も捧げカミーユと共に」








「…保留で」







俺は珍しく気を失ったらしい。



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