77 隠す事
俺はリコルに同行することにした。
ジルの話では神子は落ち着き、奇行も無く、憑き物が落ちたかのように穏やかさと聡明さを取り戻したと報告を受けている。神子が聡明なのかどうかは俺には判断がつかない、がジルがそう言うのならそうなのだろうと思っている。
カミーユはたまにふらっと散歩へ出ているが、楽曲と楽器を作る為に熱心に取り組んでいる。好奇心だらけの余計な熱は冷めたようで安心している……今の所は。
そう、今の所は、だ。考え方が斜め上とは言わないが、何がカミーユの琴線に触れるのか、どこに彼女の噴火スイッチがあるのか、何から閃きを得るのか、俺にも分からない事が多いのだ。
ここ異世界に来て、彼女の事は殆どすべてと言っても過言ではないほど知っていると思っていたことが、只の思い込みでしかなかったのだと思い知らされる出来事ばかりで。
褒めているわけではいが、良くも悪くも安心と安定のカミーユである。
惚れた弱み…とはこういうことを言うのだろうと実感している。
他に、俺はなんてしおらしくなったのだろうと思うこともある。
常に表面だけは冷静沈着を装えていたと思っていたがそれも崩れている気がする。
俺の優しさや優雅さも丁寧な言葉遣いで演出出来ていたと思っていたのだが、疑う自分が居る。
ジルとリコルにカミーユを会わせたがカミーユに変化は無かった。
以前と変わらず相性が良いのは喜ぶべきことだろう。
しかし、思い出さなかったことは残念な事だろう。
まだ、カミーユを独り占めできることに喜びを抑えられなかったのも事実だ。三人は気付かなかっただろうがひっそりと俺の唇が緩やかな弧を描いたのを自覚した。
リコルが顔色を悪くして戻ってくる、それには俺も記憶がある。
カミーユと二人で活動していた頃に陣を見た時だ。
多くの生贄。多分血液で書かれた方陣。
残された思念。負の感情。
思い出すだけで吐き気が込みあがってきそうだ。
リコルに対しては、カミーユへの想いでしこりが全く無いとは言えない。
その想いにどう折り合いをつけるのか。
俺と勝負する気でいるのか。
どうするつもりなのか、いずれ本人の口から訊かねばならない。
「気を下げ過ぎていると気付けないよ」
「ええ、そうですね」
「まだ落としすぎ…もっと上げて」
「分かっています」
聴こえている。
ああ、この嫌な感覚。
「ねぇ。僕、連れていかれた人、助けたいよ」
「まだ、です」
リコルが泣きそうなのを堪えている。気持ちは分からないではない。
どうでもいいというのも本音のひとつであるが、それでも俺だって見殺しになんてしたくない。…面倒だと思わないでもないが。
「まだ繋がりません。彼等は最近の生贄でしょう?それ以前はどこから連れてきたのでしょう?入国する人の一部は連れて行かれているでしょう。でも、それだけで足りるわけがない」
リコルが唇を噛む。
「傷付きますからやめなさい」
俺はリコルの唇を撫でる。
思う所はあっても、やっぱり弟のようであり友人のようであり、信じ頼る事が出来る仲間であるのは変わらない。こういう所は変わらないことに当然だと思う自分と何故?と不思議に思っている自分が居る。
「カミーユにはああ言いましたし、あの国の様に一から全部手を貸すことはしません。でも、見殺しも全てを俺達だけで片を付けるのも認めるわけにはいかないのです。さすがに守護サマの繋がりがあるでしょう?その内にあちらから接触があると思うのですがね」
「遅くない?」
「自国を愛するのならば共闘しか選択肢はないはずなのですが。どの程度理解しているのでしょうかね」
そちらからの働きがなければどうなるか。
「やる気も愛も無ければ、カミーユを説得して…いいえ、彼女がいい加減にしろと自らどっかんするでしょうね」
「ああ~………ああ、うん。だね」
でもその後、殺めた命に胸を痛めてしまう。割り切れる様になったとはいっても、全く悲しまないはずがない。余計な傷は、出来たらどんな傷も付けたくない。
「カミーユが傷付くのでして欲しくないのですがね。この世界の神にでも祈るしかないでしょうね」
俺達は目を合わせて肩をすくめた。
◇◆◇
「やっほー、おじさん!」
出会ったの陶芸家のおじさん。芸術家気質だと面倒かなって思ったけど、そんなことはなくて人当りのいい、表面上は気のいいおじさんである。
「じゃじゃ~ん。これがこの間話した物の現物です」
「…ふ~ん」
部屋で複製したものだ。手に取ってあちこちから見ている。
「これ、同じような物作れないかなぁ?おじさん位研究熱心で好奇心も旺盛で頭が柔らかいからおじさんなら出来るって思ったんだけど」
ここで少し悲しそうにそっと見上げる。
「駄目?」
上手に眉をへにゃりと下げてみる。こういうのもこっそり練習したんだけど。鏡見た感じだと上手にできていたんだけどな。もうちょっと粘ってみる?引いた方がいい?
「だぁ~~~~!」
おじさんがくしゃくしゃっと髪をかき混ぜる。
「わーったよ。やってやるさ。土の成分とか分かるか?」
私は横に振る。
「あ~、じゃあ、割ってみたり砕いてみたりしたいんだけど構わないよな?」
「うん。まだ幾つかは用意できるから平気だよ」
「んだよ。だったら作る意味あんのか?」
「うん。だって、普及させたいんだもん。沢山欲しいから。今日はもうこれで帰るけど、次はもうちょっと時間作って来るから。演奏聴かせるから楽しみにしていて!土や薬のことは私は全然分からないからおじさんが頼りなの!あ、もうこんな時間。じゃ、またね」
「オウ、ま、気長にやるさ」
「え~、楽しみにしているからね」
『こんにちは』
『今日はあの小説の続きを聞かせて欲しいな』
『う~ん、私も途中までしか知らないんだよね。でもまぁ、覚えている所までで。どこまで話したっけ?』
『神子の力が発動しているの上手く隠せているね』
『うん、ありがとう。気が狂いそうだったけど、調節できるようになったから。あなたのお蔭よ』
笑顔が増えたのが嬉しい。
『ねぇねぇ』
『何?』
『…乙女ゲームって発想、そんなに悪かったかしら』
『ダメでしょ』
『早っ』
『だって、聴こえるんだもん、誤魔化したって意味ないじゃん。隠しきれないんだし』
筒抜けってお互い怖いよね。ホントよく耐えたよね。頑張ったなぁ。
『転生とか転移とかそんなものが本当にあったなんて未だに嘘みたいって思う』
うん、その気持ちは理解できる。
『ねぇ、何でも聴いている訳じゃないんだからちゃんと答えてよね』
『あ、ごめんね』
努力の甲斐があり、神子は聴く声を選べる様になった。でも、強い感情や強い思いは無差別に受信してしまうそうだ。
神子がこうやって穏やかに過ごせるのは嬉しい。
『会いたいな』
『それは出来ない。ごめんなさい』
『ううん。無理言ってごめんね』
私と神子は他愛ない言葉を交わし、短い交流時間を過ごした。




