76 傍観者3
わたしは今日も神子を眺める。
神子は落ち着きを取り戻した。理由は分からない。いや、少々思い当たる事が無いわけでもない。
わたしから行動は起こさないと決めたのにネコとして見つけられたあの日。ネコなら声が洩れない事が分かり遠巻きながら見守る日々。
そんな日々の中で、何日かに一度だけだが、神子は瞑想でもしているのか静かに目を閉じている時間がある。その後が元気になるようになったのはいつからだったか。
そんな事を考えながら、ふと、あの日を思い出す。
ついにカミーユと顔を会わせる日がやってきた。
わたしもリコルも嬉しさと不安のどちらも隠しながら案内される。
案内されたのは飲食店の半個室スペース。その場所を選んだのは意外にもカミーユだと聞かされた。
マリエルは私が思っていたよりもカミーユを自由にさせている事に驚いた。カミーユが束縛にブチ切れて獲得した自由かもしれないが、その辺りはわたしが深く知る必要はないと判断する。
今日はわたしもリコルも大人の姿だ。嘘偽りのないジルとリコルの姿。
久しぶりに四人が揃う。
四人集まると気持ちは、歌手・青雲の志の気分になる。
久しぶりなこの感じ。
興奮が抑えられない。
きっと顔なんて紅潮しちゃって瞳も潤んでいることだろう。
「初めまして」
そんな言葉をカミーユに言われて、興奮した心は冷水をぶっかけられたように冷え冷静になる。そして瞳は違った意味で潤む。
心臓がドクドクと強く鳴っている。
こんな状態のわたしはリコルを思いやる余裕なんてあっという間に散ってしまう。
隣りから緊張だけは伝わってきている。
リコルもわたしと同じような思いをしているかもしれない。
それでもわたし達はなんてことない風を装い挨拶を返す。
「こちらこそ初めまして」
名前を名乗ろうとしたけど、簡単には口から出てくれない。その事にわたし自身驚く。
とてもよく知っている間柄の人間にお互い初めましてと名乗りあうというのがこんなにも苦しいものだとは思わなかった。そして、忘れられていないマリエルが妬ましい。
わたしがそんなドロドロした感情を仲間に抱くなんて。
「…わたしはジル、ス。私はジルスっていいいますの。こうみえて結構強いしその道のプロだったりするんですのよ」
「え~!すっごい可愛いんですけど。お持ち帰りしちゃいたいくらい…!!」
カミーユならお持ち帰りを許しますわ。
「…こんにちは。僕は、僕の名前はリコルタ。彼女の同僚なんだ」
リコルが少しだけ陰のある笑顔で名乗った。今のカミーユならその陰りに気付かないだろう。
「キャア~、かっこいいね。ね、マリエル」
あら、マリエルからイラッが飛んで…。
「あ、勿論、マリエルの方が格好いいよ。言われなくても当たり前だって知っているでしょ?」
照れるから言わせないでとカミーユが笑う。あっという間に機嫌をよくしたマリエルが笑う。リコルがむくれた後笑顔になる。わたしが笑う。
「う~ん、ジルスとリコルタ。……う~ん。なんか」
カミーユが一人唸る。
「うん、ジルとリコル。私なりの親しみを込めてジルとリコルって呼ばせて貰っていいかな?っていうか、私はなんかそう呼びたい!」
リコルもわたしも頷く。声を出したら涙声になりそう。
またそう呼んでくれるのね。
よろしくと握手を求められる。
わたし達はそれに応える。
その手の温かさがわたし達の心を温めたのは間違いない。
嬉しくて手のひらだけでなく体全体の熱が上昇していく。
リコルもほんのり涙ぐんでいる。
「目にゴミでも入っちゃった?」
「ううん、少し空気が動いて風が沁みただけだけだよ」
「ええ、そうですわ。どこか隙間があるのかもしれませんわね」
「そっか。強く擦っちゃ駄目だよ」
「うん、大丈夫。ちゃんとハンカチ持ってるし」
「そう?」
「うん」
カミーユは本当は風のせいだなんて思っていないかもしれない。でも、そこに触れないでくれて良かった。どんな風に答えたらいいか、答えが咄嗟に出せるとは思わなかったから。
「専門家に向かって言うのは余計なお世話だって分かっているけど、無理も無茶もしないでね。初めて会った私に言われるの、なんか気持ち悪いって思われるかもしれないって、でも、なんかね、ジルとリコルの事好きだなって思ったの。仲良くしていけるって。だから、自分の身を一番に考えてね」
わたしはそれに口角がゆっくり上がるのを自覚した。
喉が詰まる。
じわじわと広がる。
心臓が喜びを抑えきれないと脳に訴えてくる。こういうのを魂が震えるっていうのかも。
もしカミーユがわたしの事を思い出せなくてもわたしは自分の事もリコルの事もカミーユとマリエルの事も恨んだり憎んだりしない。
寂しいと思うことはあるだろう。あの日を後悔することもあるだろう。
でも、また新しく友情も信頼も、青雲の志の結成もやってみせる。
カミーユからの愛情を得てみせる。
この日会えて、再び言葉を交わせた事はわたしを新しくしていく始まりだ。
リコルの事は、まだリコルが一人で考える時間だ。わたしが仲間として手を貸すのは早い。
リコルだけでなくマリエルももっとカミーユについても考えてみたらいいと思う。
盲目的なほどの愛情。
あれは本当にカミーユに向けられたものなのか。
カミーユからの愛を受けるためのものなのではないか。
それが悪いとは思わないし、マリエルらしいとも思う。
リコルの愛も向かう所はどこなのか。
わたしが成すべき事としたい事。
マリエルに言われるままただ神子を見守るだけの日々。
信じていても自ら考える事を放棄するような真似をしてはいないだろうか?
わたしはわたし。どんなに近い近い魂であっても別の物。
わたしの成長とリコルの成長。
そして、カミーユの成長とマリエルの成長。
同様に、対それぞれの成長もある。
それはこの四人に限らず関わり合う相手全てと。
今、こうやって離れる時間は四人にとって必要だったのではないかと思う。
狭い狭い、たった四人の世界で終わらせる事は望まれたことでは無いはず。
離れて、今、この状態で再び会ったからこう思えているのかもしれない。
悲しい、辛い、寂しい、悔しい、…そんな感情だけで終わるほどわたし達は小さくないのだと、わたしとリコルは知ったはずだ。
きっと、マリエルだって何かしらの感情と戦っているはず。見た感じは澄ました顔を保っているが。
そして、忘れていてもカミーユも何か新しい自分を作り上げていくのだろう。
各々の成長が四人揃った時の力を大きくする。
わたし達の器は大きい。
負けない位中身も大きくなる。
「とてもいい時間を頂けましたわ」
心からの笑顔が浮かぶのがわかる。
わたしは全てを糧にすると改めて決めた。
◇◆◇
ふふ~ん、フフフ、ふふんふ~ん。
私の部屋で鼻歌を歌う。誰も聞いていないから気の向くままだ。
「え~っと。これとこれとこれをマリエル用に。で、確か……あ、あったあった。ふふ~ん。これは私用。作り方も…あ~った!過去の私、何て好奇心旺盛!!披露宴の余興が役に立つなんて。ふふ~ん。
あ、あとHDDに…うん、やっぱり入っていた。これと、あと役に立つかな。このアニメ映画と。とりあえず、編曲より先に楽器の作成を先にお願いして…。これは私は弾けないからマリエルに全部お任せで。
…で、これは私が、っと」
うんうん。
「まぁね、乙女ゲームの参加はしないって約束したからね」
私は私らしく。
「悪い勘は働かないんだけど、なんか、色々感じ悪いんだよねぇ。面白くない」
出るのは溜息。一人だから遠慮なく吐き出す。
「っつーかね」
パソコンの操作を終えて、印刷したものをトントンと整える。
「…15分ってとこかな」
着替えて私専用の出入り口から出ていく。
さて、と。
私はポニーテールにした青い髪を揺らしながら町へ跳んだ。




