71 豊穣の神子
最初は興奮した。だって異世界だよ!興奮しないではいられない!!
不安が全く無いわけじゃなさそうだけど、少なくとも戦争に駆り出されるとか魔物と戦うとかでもなかったから。命を張らなくていいのは安心できる。
内政チートとはいかないけど、あたしにだって出来る事役立てる事がきっとあるから。
戦う必要のないあたしは勇者でも聖女でも賢者でもなかった。
でも、何か特別な力があるらしい。
なのに、それが何なのかあたしには知らされていない。
最初はまるでお姫様の様な扱いだった。
始めのうちこそ日本人のあたしの謙虚さでかえって縮こまるばかりであったが、ひと月ふた月と経過するとその扱いにすっかり慣れてしまった。
幸いにも服は洋服で動きやすく、ドレスやコルセット着用なんてこともなく、お風呂も一人で入らせて貰えているし、トイレの仕様も許容範囲内。
食べ物も物足りなさがあるがちゃんと腹八分目まで食べさせて貰えている。
とはいえ、覚悟はしていたが…テレビもパソコンもゲームも無い。
毎日、言葉の勉強をする日々。言葉を覚えなければ読書の一つもできない。
今まで召喚された人は日本語を話せる人ばかりだったようだ。見た目を聞くと、ハーフの人や帰化した人、髪を染めたりカラーコンタクトを入れた日本人なんかの様だ。
神子に話しかける言葉は決まっているらしく、最初だけ日本語でやり取りがあった。
その後多少の落ち着きを取り戻し、よくある異世界言語チートその他が備わっていないのを知りがっかりした。
会話がままならない苦痛。上手く聞き取れない。片言で伝える自分の意思。
それでも、事務的な定型文でも日本語で少しでもやり取りできる事はあたしの心を慰めた。
しかしそれも片言でも会話が成立するようになると日本語はあたしの生活から消えた。
学校の授業の英語でさえ満足にいかなかった私のこの国の言葉の学習は時間が掛かり、心が閉鎖的になっていく。
そしてあたしの周りの人が変わっていく。
イケメン、フツメン、じーさん、ばーさん、メガネ、マッチョ、ワイルド、インテリ、美女、小動物系など様々。その中で少しでも気が合い心が和む人があたしの周りに残されていく。そんな心遣いに感謝だ。
知らない国で頑張るあたしを認め褒め、対等の人として扱ってくれる。時には本物のお姫様のような気分を味合わせてくれる。
あたしは役に立ちたい。必要とされたい。
その思いが強くなる。
この世界がどの位の文明を持ち合わせているか知らない。
あたしの生活圏はこのお城の様な建物の中とその敷地のみ。
でも、この中にはきっとこの国の最先端が詰め込まれているはず。
あたしの中途半端な知識なんて今までの召喚者が与えたものもきっと多く含まれているだろう。でも、出来る事はそんな事くらいしか思いつかない。
ここから見える光景から知識の欠片を蒔いていく。
趣味のガーデニングで得た知識を農家へ。
バラエティー番組で見たやり方で品種改良。
失敗するとヤバいガスが出たり腐るだけだけど糞を使った肥料。
自分が食べたかったから干し柿と干し芋を作った。
偶然見つけたポップコーンが出来る品種のとうもろこし。
学校や健康番組、教養番組で得た様々な事を実践したり伝えていく。
国の人達が喜んでくれる。
あたしはそれがとても嬉しかった。
異世界で得た親しい人。恵まれた環境。感謝される喜び。
心が再び開かれていく。
あたしはあたしらしさを取り戻した。
あたしらしさを取り戻したあたしは現状に不満が出てきた。
恋人の様に寄り添うあの人も、傅くあの人も、あたしには恋愛感情がないが好意を寄せてくれるあの人達も、誰もあたしの恋人や夫婦としての生活を望まなかった。それどころか、キスの一つもしてこない。
あたしだって溜まることがある。
明らかにそれが仕事であるとわかる人が相手をしてくれた。
それが悲しくて自分で慰めた事も数えきれない。
あたしの世界は狭い。
不満が溜まり過ぎて敷地の外へ出たいと訴えた。年甲斐もなく大泣きした。
何年経っただろう。
あたし以外は年をとらない。
あたしだけが一人、おばさんになっていく。
漸くオカシイ事に気付いた。
今更だった。
あたしに隠されている情報はあまりにも多すぎた。
あたしは何で召喚されたんだろう。
召喚されたなら送還だってあっていいはずだ。
今まで召喚された人たちは?
親しく親切だと思っていた人達。
今なら気付ける。
あの笑顔は偽物だって。
あたしと交わらないのも恋人にならないのも本当はあたしを認めていないんだって。
あたしだって好きで来たんじゃない。
大学だって卒業したかった。
お仕事バリバリ頑張って、好きな人と結婚して、子供だって産んで、24年ローンとかになってもいいから家を建てて、子供が独立したら犬か猫かうさぎを飼って。
これがラノベの主人公なら何かしらの能力を得て、今みたいになっても巻き返していけるのだろう。あたしにそんな力があるとは思えない。
…っ、何?
頭が痛い。目の前がチカチカする。耳が変。
いやっ、何?
聴こえる。聴こえる、聴こえる、聴こえる、聴こえる。
イヤ、聞きたくない。
…ああ、これなんだ。
国に願われた能力。
顕現を隠したままなら解放される?
ううん、無理。
あたしの知恵はこの能力程じゃないけど重宝されているのね。
それさえも耳に届いてしまった。
力は隠そう。
いい様に使われるのだけは絶対イヤ。
彼らは…あ~あ。あたし、めっちゃチョロインじゃん。
この国に縛る為に。ハニートラップならあたしを疼かせないで最後まで仕事と割り切って体をささげなさいよ。
情けなくて涙が止まらない。
今いっぱい泣いたら、あとは流すのは嘘の涙だけ。本当に泣きたい時は水の中か心の中だけ。
あたしは今までと変わらぬふりで付き合い、知恵を出す。
でも、寂しい。
満たされない。
誰も信用できない。
ここから出してもらえないのは変わらない。
だったらこの広い敷地の中にあたしの世界を作ろう。
あたしだって楽しみたい。
心の声が聞こえる事を隠しながらあたしの望みを叶え、少しでも心を満たす。
何がいいかな。
そういえば、何気にあたし好みのイケメン多いんだよね。
寧ろ侍ってた男達は作り物みたいなきれいさがあって、今のあたしにはもう魅力的に見えない。
日本に居た頃のあたしと同じ庶民がいいな。
また20歳くらいからやり直したい。
精神の成長はきっと止まったままだよ、あたし。
これまで我が儘らしい我が儘を願った事は無いと思う。従順でいい子だったと思う。
だから聞いてくれるよね?
もっと身分の低い?方からカッコイイ人を呼び寄せて欲しいの。あ、勿論あたしが選ぶよ、あたし好みを。
あたしが異世界人だって絶対知られない様にしてね。
それでね……。
あたしは説明をしていく。
うん、あたしの心を癒して、前を見させて。
ううん、夢の中から出さないで。
声が聴こえるあたしなら、欲しい言葉も分かると思うの。ヒロインの様に。
悩みに答えることも出来ると思うの。異世界の知識もあるし。
知らない人が見たら、あたしまだまだ若く見えるの知っているのよ。
化粧やパック、美容液が必須だけど。
周りが美形だらけだったから美容と健康については任せて!体形も崩れていないわ。多少水弾きは悪くなっているけど。
…うわ。あたし、豊穣の神子って呼ばれているんだ。ここでそういう風に呼ぶ人は居なかったから気付かなかった。あたしだけじゃなく、歴代みんなそう呼ばれているんだ。へぇ。
バレない様にって言ったのに、あたしの名前で集められているじゃない。
え。しかも嫌々の人も外国人も既婚者もいるじゃん。
あ~、ちょっと違うんだよなぁ。
うん、ごめん!集め直し!!時間掛かりそう。
ええ~~!豊穣の神子の評価って高いじゃん。あたし人気者?
ああ、違う。やっぱあるんじゃん、闇。
でも、今はリアル乙女ゲームやるんだ。
こんな感じで、2弾3弾と考えて準備しておいてね。
…真似するの?あたしがヒロインの奴には絡まないでね。
あたしの青春、復活だ…!




