7 方陣‐魔法陣
次に向かった所は大層立派はお屋敷である。例えて言うなら、本物は見た事ないけど『お貴族サマのお屋敷』ってやつである。今いるのはその屋根の上だ。
しかし、此処は超ヤバイ。
私でも少し気分が悪くなる程だ。どれだけの悪意と邪心、邪念にまみれた人が住んでいるのだろう。
コップを取り出し聖水を飲む。旅行鞄代わりに色々詰込んでおいた空間収納にはジュースやお茶も入れておいたが、それらを飲む気にはならなかった。
この場所はマスクを外していても匂いはあまり気にならない。外して片付けてもよいだろう。
マリエルにも聖水を渡す。
楽観的になってきていたらしい私に、
「カミーユ、顔を見られないようにマスクはしたままにしましょう」
コップと一緒にマスクを片付けようとしたら止められてしまった。きっと此処も騒ぎになるに違いない。顔バレしたらマズイのは確かだ。
「承知」
マスクを被り直す。ついでに背中に下ろしっ放しになっていた髪もマスクから出ている所をササッと編んでクルクルと巻き、髪色と元の髪型が分からないようにした。
私達が祓い浄化しようとしている悪霊とは…
悪さをする霊。だから悪霊。
例えば自殺の名所。
そこで命を絶った、断たれた成仏出来なかった霊が苦しくて寂しくて仲間を求める…一緒に死んでくれと。悲しいことに成仏できていないせいで亡くなっている自覚がなく、苦しさだけは続いている。
そんな彼等は、心に魔が差したり、丁度死にたいって思っている人に引っ付きそこに引き寄せる―――が繰り返されて名所となっていく。
名所になった頃には不成仏霊から悪霊に変わった霊たちが100体200体とわんさかと溜まってしまっている。地縛霊になってしまったものは自主的に動くことはないが、そうでないものは観光客や通りすがりの人にくっつくことがあるので、意外と世の中には1体や2体ならくっつけて歩いている人が居たりするのである。
ときに霊媒体質なんていわれる人が(結構)いて、そういう人は戦場の跡地やお寺なんかに行ったりすると、可哀想なことに大量にくっつけてしまう事になり、具合が悪くなってしまう事があったりするのである。
ただ不思議なのは、こういう人達は、本人に浄霊除霊の素質があったり、周りに出来る人や伝てを持つ人が多いことである。
そして私達がいう悪魔とは。
ひとつは、元々、天使・大天使といわれる智に優れ深い愛情を持つ優しく気高い優秀な魂が、下界(人間界)に生まれた際に悪に染まってしまったもの――堕天といえばよいか――又は、それに憑かれて乗っとられてしまったひと。
もうひとつは1000体以上の悪霊が個を無くし混濁し、それがひとつの意識に纏まってしまったものが受け入れられる人間(器)を手に入れたもの──である。
「マリエル、提案。このお屋敷の中のドアを開けることって可能?この建物、地下室あるよね。地下に聖水流し込みたい」
「でしたら、地下で直接聖水を流す、もしくは地下で聖光を放つのでもよいのでは?」
「聖光だと躱されたり逃げられる気がする。
現在、地下にヤバイの居るよ。逃げ場が無くなる程流し込んで、溺れさせて聖水を飲ませて体内外から攻めたい。何より、私が地下室に入ることが危険な気がする。カンだけど、当たるよ」
「いいのですか?それだと溺れて亡くなる人もでるかもしれませんよ」
それは分かっているが、やっぱり聖光だと遮蔽物を通さないので、弱体化に失敗すると予想できてしまう。
何より、自分のカンを信じる。
「カミーユ、部屋の出入口は固定ですか?」
「ううん、何処でも開閉可能だよ。マリエルも登録してあるから出入り自由になってる」
「ありがとうございます。では、準備ができたら…そういえば『念話』は使えますか?送りますので返してみて下さい」
聞こえます。けど、こんな時に『カミーユ、愛しています』ってどうかと思う。顔が赤くなったのはマスクで見えていないはずだ。
なんて返そうか。
『女装見たい。きっと似合うよ。美人はおトク』
そう返すと、
『足腰たたなくなるように外でしてさしあげましょうか?』
そんな返信が。
『ごめんなさい』
『では、行ってきます』
マリエルの顔もマスクで見えないし、目が合っているはず無いと思ったが思わず逸らした。
冷気が出てる。いや~ん。
◇◆◇
カミーユと別行動に入った俺は隠れて移動しながら建物の造りをみていく。
「地震が起きたら倒壊するでしょうか」
上の階からみていく。これほどの屋敷なのに使用人も主人・家人らしき者も見掛けない。それだけでなく、最上階である3階は長らく人の手が入っていない様である。
足下をみると、誰も使っていなかった証拠のように自分の靴あとが残ってしまっていた。今更だがこれ以上痕跡を残さない様に少し浮く。着いた足跡は風を起こして消しておく。
降りてみると、2階もガランとしている。
建物の中自体には人の気配があるのに人の姿が見付からない。次いで1階に降りる。
地下への入口は1階にある確率が高いだろうが、必ずしもそうとも限らない。が上の階には無いだろう。
「さてさて、扉は分かり易い所にあるのか隠されているのか。探しますか」
1階でも全く人に会わない事を奇妙に思いながら歩みを進めていく。それでも1階は使われ手入れもされているようだ。
端から廊下沿いのドアを開け、ぐるっと歩いてみた結果、直接地下室へ続くドアは見付からない。
「では、『探索』を」
屈んで床に手をあてる。空気の流れや材質の差、空洞の有無などよんでいく。神経を集中し延ばして行く。
「ありました。特に隠す気も無かったのでしょうか?」
いざ見付けてみれば、書斎の奥に仮眠用なのか簡素なベッドがあり不自然な配置がされている。そのベッドの下に敷かれている部屋に似合わない絨毯の端が捲れており、床板がずらされていた。
「使用人と同じ服にしようと考えていましたが、人が居ないので必要無いですね。
髪の色は隠した方がいいでしょうかね」
1度部屋に戻り、サイドの髪を留めて濃い茶色のショートヘアのウィッグを被って、再びマスクを着けると元の場所へ出た。
「中はどうなっているんでしょうね」
ずれている床板を外す。捲られている絨毯が戻らない様に外した床板を置いて抑えた。
地下室へはご丁寧にきちんとした階段が設置されている。
音を発てない様に浮いたまま進んでいく。マリエルの身長でも天井に頭がつかない。マスクを着けて少々浮いているのにそれでもつかない高さがある。
先に進んで行くと何かしているのか明るくなってきた。そっと覗くと三人の男が何やら言い争っている様子が伺えた。マスクをしているせいか聞き取り難い。床の赤さが視界に入る。
マスクを外すと血腥さに思わずうっと声が出る。
吐きそうになっている口許を手で押さえて、気付かれたかもと男達の方を見るが気付かれていないようだ。匂いにえづいたせいで出た涙を拭う為に手を離すと上がってきてしまった。我慢出来ずに部屋のトイレに駆け込むと吐瀉物を出す。
もっとちゃんと様子を窺いたかったが無理だと判断してカミーユの元へ戻ることにした。
念話で話すより、早くカミーユに会いたかった。
◇◆◇
身形の調った男達が言う。
「陣が反応しているぞ」
「間違いなく神子は召喚されているという事だな」
床には朱色で数字などが駆使された図が描かれている。壁面にも赤黒い色で漢字らしき文字が大量に書かれているが、液ダレしていてパッと見ただけでは読む事ができない。ここに居る男達が漢字を理解しているかどうかもわからないが。
「あれだけ多くの犠牲を払って召喚したんだ。役に立って貰わねばならぬ」
「反応が大きくなっている…どういうことだ?」
「近くに神子がいるのです」
「何を落ち着いておる。捜しに行くぞ。人を集めろ」
一人が肩を掴んで引き止める。
「慌てるな。あれからどれだけ時間が経っていると思う。こたびの神子は女だという。既に近くに居るというなら、人を集めなくても弱った女など我らだけで見付けられるだろう」
「そうだな。せっかく捕えても城に召し上げられては今までと変わらん」
「フン、神子め。煩わされた分だけ、精々役に立って貰うぞ」
「全くだ。****殿に言われた陣を描くのに、一体何人から絞った事か」
「それにしても****殿は何処でこの陣を?」
男はニヤリとしただけで答えなかった。