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6 聖水

何故か、水色のシャツに濃灰色のスーツ姿で出掛けようとするマリエルをガシッと掴んで止める。


「ちょっと待って、マリエル。何でスーツなのっ」


そういう私は、黒シャツに黒パンツだ。夜の活動といえば、動き易い黒服でしょう。っていうか、この国でスーツって有りなの?

すました顔で首を傾けて問うてくる。


「何か問題でも?」


不思議そうな表情にかわり、振り返っている顔の角度にキュンとする…可愛い。このイケメンめ。


「私、少しだけこの国の人を見掛けたんだけど、騎士と兵士だったの。あとね、外、すっごい変な匂いするから、ガスマスクか何か防護するの被った方がいいと思う」


目を合わせずに口許をみながら話していたので、チラッと視線を上にあげると、瞳がスッと細まった。…あれ?

と思った時は既に横抱きにされたままソファの上だ。抱えなおされ、膝の上から降りられないようにしっかりと固定されている。

マリエルの髪が顔にフワフワと触れてくすぐったい。腕を動かせないので、くすぐったさをどうにかしたくてモゾモゾと動く姿を、口許だけの笑顔で見下ろしている。


「全部吐きなさい」


何を吐けというのだろう。一緒に食べたクリームシチュー?食後に飲んだ紅茶?デザートに食べたフルーツゼリー?


「吐くならトイレで」


出すのもったいないし、無理矢理吐くの辛いんだけど。気付かなかったけど、体に悪いものでも口にしたのだろうか。

別にヤバそうな気はしなかったんだけどな…と考える。


「……違います」


小さく溜息がこぼれた。


「情報の交換をした時、その様な事言ってませんでしたよね」


そうだったっけ?

そうだったかも。


「先程言った事と被っても構いません。転移した時の事から、細かく、す・べ・て!話して下さい」


逆らうまい。

マリエルに言われた通り、コスプレ姿のまま転移したこと。それが『召喚』でだったらしいこと。悪い予感がしてすぐに隠れ移動し着替えたことから、聖国へ行った事、町の様子、本屋で読んだ事など、臆測は含まない様に順を追って全て話した。勿論、全部話したので被った内容も大分あった。

話したら喉が渇いたので、飲料水の代わりに聖水を直に口に流し入れて飲んだ。

マリエルが聖女の様に微笑みながら、私の頬を摘んでムニューっと横に引っ張った。


「カミーユ、お行儀が悪いです」

「はひ。ごめんにゃひゃい」


優しい手つきでもやっている事はひどいです。そっと膝の上から降りようとすると、グイッと片腕で引き戻される。ジッとくうを見つめたり瞼を閉じたりしている。今後の予定を組み立ててくれているようだ。

私は膝から降りられないので動けず手持ち無沙汰である。

カミーユの顔をじ~っと見詰める。それにしても、羨むのも馬鹿馬鹿しくなるほどの肌理細か(きめこまか)で滑らかな、ヒゲも生えていないどころか、毛穴何処っていう肌なんだろう。

あまりにもキレイで、つい手がのびる。サラサラなのに吸付くかのような手触り。本当にどれだけ肌理が細かいんだろう。

程よい厚みのある唇。ストレスや乾燥でゴワゴワと荒れているわけも無く、赤ちゃんのプニプニほっぺのような柔らかさだ。

これで薄い唇だったなら、優しそうじゃなく、軽薄そうに見えてしまっていたのかもしれない。

唇から顎、耳へと手を滑らせる。

ラビスラズリなのかな…のピアスがはめられている。自分の耳と比べると軟骨がしっかりしているみたいで、耳は思ったより硬い感触だ。

…加齢臭って耳の後ろから出るんだっけ。

好奇心に駆られて耳の方へ鼻を寄せる。くんくんと嗅いでみるが、それっぽい匂いなんて全然しない。年若く結婚した同い年の男友達が娘に「パパくさ~い」って言われてヘコんでいたけど、違う臭いだったのかな。

横顔から長い睫毛を眺める。睫毛も金髪なのに、長さと密度があるから存在感がある。パチパチ瞬いたら上下の睫毛同士があたる音がしそうだ。


「……もう、いいですか?」


近過ぎる距離で目が合う。口調は冷静だけど、肌はほんのり赤味がさしている。おねーさん、キュンキュンです。

コホンと小さく咳払いがした。


「ガスマスクか防塵マスクをして出掛けましょう。見付からないように動くのですから服は何でもいいです。

……………………。

今夜は…長い夜にしますよ。手加減しないので、覚えておいて下さいね」

「えっと、身体変わったせいで、また初めてになるのかな。お手柔らかにお願いします…?」

「そんな事言える余裕は今だけです。

さぁ、行きますよ」


マスクを着けて部屋を出ようとする。


「ところで、何処に出ればいいの?」

「匂いが気になった所へ出て下さい」


指でスッと少しだけ開けて外を見る。今度はちゃんと安全確認を忘れない。森のなかには誰も見当たらない。そのまま出られるサイズまで開いて、ゆっくりと外に出た。マスクをしている為、匂いは気にならない。


「カミーユ、視て下さい」


そう言われて思い出す。

そうだ、すっかり忘れていたけど、悪霊あくれいや悪魔は特殊能力じゃなくて標準装備(?)で視えるのである。

音を善く聞こうとする時に聞き耳をたてるとか、遠くの物を見ようてする時に目を凝らして見ようとする。そういう感覚で使えるものである。

視える事をすっかり忘れていたので、そうやって探して視る事を思いつかなかった。自分の事ながら酷い有様ありさまである。本当に一人じゃヤバかったと、急に出てきた汗を拭いたかったが、マスクを着けているので深呼吸にとどめた。


「大丈夫ですか?」

「うん、平気」


気を取り直して『可視化』して見る。


「ちょっとアレまずいでしょ。器の適合者が居たら悪魔になっちゃうレベルじゃない」


近い所で一際ヤバイのはそこだが、目を凝らしてあちこち見ると、もう、そこかしこにウジャウジャいる。遠くには、暗い中に一際目立つ、可視化している事で夜空に浮かぶ満月の様にくっきり見える悪霊の溜まっている所が複数見える。


「カミーユ、おそらくですが、匂いのもとは下層の者達か召喚に利用された者の亡骸が放置され腐爛したもののせいではないでしょうか」


暗いから見えないけど、そうなのかもしれない。そんなもの見たくないから出来れば今後も近付きたくない。


「マリエル、応急処置でしかないけど聖水の雨を降らせる。聖水作る方に力注ぐから、マリエルが降らせて」

「承知しました」


見た範囲に一気に聖水を降らせるのは無理なので何度かに分けることにする。


「ところで、マリエル。聖水出す時に何かキメ台詞とか技の名前、必要だと思う?」

「要りません」

「そう?」

「どや顔で中二病的なセリフを叫ぶ自分の姿を想像して下さい」


えっ?我ながら意外とキメキメで格好いいと思うけど駄目なのかな。

…横目でチラッと見ると冷めた眼でこちらをみている。コートが欲しくなってきた。さむっ。


「…見付からない様にやっているのに、この静かな中で叫ぶ必要と勇気、いえ無謀さがあればどうぞ」


言う事が最も過ぎて返す言葉が無い。

精神を集中させて、直径5mの球状の聖水の塊を10個出すと夜空に浮かべる。それをマリエルが自ら起こした風を使って、広範囲に細かく散らす―――はずだった。

お互いまだ異世界で使う身体と能力の感覚に思ったより慣れておらず、まだ上手く微調整が利かずに…。

雨を降らせるだけのつもりが、強風…暴風の土砂降りになってしまった。人工ゲリラ豪雨である。


「「……」」


なんとなく気まずくてお互い顔を見合わせる。


「ちょっと聖水の量、多かったかも」

「もっと弱く降らせるべきでした」


聖水の塊の下では前触れの無い急な風雨にない惑う人々のわめきが聴こえてくる、が。


「マリエル、次の場所に移動しようか」

「そうですね。次はあそこへ行きましょう」


二人で逃げる様に、幾つか見える溜まっている場所の一つへテレポートした。


うん、大丈夫、大丈夫…きっと大丈夫!

聖水だしね。体に良いんだもの。何も心配はない。

うん、いい事したんだよ。うん、うん。大丈夫、多分。

ちゃんと悪霊浄化されて減ってるしねっ♪

うん、OK!!

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