58 一歩
私のしたい事は思ったよりずっと早く形になっている。
歌手になれた。
漫画の発売を行うことが出来た。
私達に続く人達も居る。
任務の一つもこなすことができた。
人生が長くなった。地球に居る時より時間が多い。
やりたい事が次々に叶っていくのは凄く幸運なことなんだと、過去の自分やこの世界で過ごす人々を見ながらその幸運を噛み締めている。
こうやって時々、こちらに来てからの日々を振り返る。
こちらに跳ばされた頃の不安定さも不安も切羽詰った感じも追い立てられる様な焦燥感も姿を隠した。
勿論、任務も継続中だし、人生の終わりまでまだまだ、だ。
「浸っている所悪いんだけど」
「あ、はい。エリカさん何ですか?」
「いや、何ですかじゃなくてね?」
MDに漫画の第一巻を付けた。その成果は印刷所も書店もMD販売店も悲鳴をあげるほどだった。その結果、私達青雲の志の名前と漫画本の出来の良さの相乗効果でバカ売れしている漫画の制作に追われることになり、歌手活動が停滞しているのだ。
マリエルの見込みよりも多く高い人気と評価で予定が大幅に狂っていた。両立は難しかった。体力は回復できるが時間が無いのだけはどうにもならなかったのだ。
エリカさんがお冠であることに文句を言うわけにもいかない。
でも、聞き流しているわけで。
「だ~か~ら~!!ちょっと、キラくんも聞きなさいよ!ホントにあなた達は。もうっ」
アシスタントに全てを任せるわけにはいかないわけで。早い子は独り立ちした子もいるけど、先駆けは私達になるわけで、その期待は高く。当然、応える腕も持ち合わせている上に裾野を早く広げ手放したいとも考えているから漫画の刊行優先になってしまっているわけで。
地球の既存技術の取り入れもしたいので頑張って使用感がほぼ同じスクリーントーンも完成したりして。パターンの作製に熱が入ったりなんて事もあったり?
「あなた達のファンがどれだけ首を長くして待っていると思っているの?」
「でも、ちょっと漫画が忙しくて…」
「手首にインク付いているし、トーン?とやらの切れっ端しが髪に付いているし、有名人の自覚あるのかしらっていう格好ですもの。忙しいだけでなく楽しいんだろうなってわかるわよ。
でも!!それはそれ。
一ヶ月だけ待つから、それでどうにかして頂戴。それ以上はこちらもファンを抑えておけないわ」
じゃあ、もう思い切って他の国に行っちゃおうかな。
この考えが過ぎることが多くなっているのを自分でも感じている。
普通に考えればエリカさんの言っている事はまともなことで、それをこんな風に感じてしまっている私に問題があるんだろうなと思う。
「商工会が、いいえ、私の信用が落ちている事は理解しているわ。でも、仕事だと割り切って私情で私に当てつけで応援するファンをがっかりさせないで欲しいのよ」
そんなつもりないんだけどな。元々スケジュールは任務との兼ね合いもあって緩めにしか組んでいない。それでもこの状態だ。
「何なら…残念だけど、担当を替えられても仕方ないともおもっているわ…その位の覚悟をもってあなた達に真摯に向き合っているつもりよ。所詮つもりだったから信用を失ったわけだけど」
あれ?確かにものすごい信用しているわけじゃないけど最初からだし、エリカさんのままで構わないんだけど。はて?
マリエルと顔を見合わせる。マリエルも不思議に思ったのか同じタイミングで首を傾けた。
私は珍しくないけど、マリエルが珍しく人差し指を顎に添えている。ちょっとカワイイ。
「う~ん、エリカさん?ごめんね。そんなに悩ませているとは思わなかったよ。でも、先に言っておくね。元々この国にずっと定住するつもりは無かったんだ。まだ何時かは未定だけど、いずれこの国を出るよ。それだけは決定事項だから言っておくね」
「そう。そこは覆らないのね。でも、その様子だと、このまま私が担当していてもいいのかしら?」
私は大きく頷いてダブルピースをエリカさんに向けた。
ここでマリエルが「あの」と言葉を挿んできた。
「正直いって今現在、漫画で手一杯です。しかし、歌手としての俺達のファンの多くが漫画も購入しています。ファンをだしに音楽の興行をすすめるのは、MDの売り上げやコンサートからの利益が商工会にも入るからですよね?ファンがっていうのは半ばおまけですよね?」
あ、エリカさん目を反らした!チッって舌打ちが聴こえた!!
私、人間不信になりそう。ちょっと感動のシーンぽかったのに。
「そーよ。っていうか、このままずっとこの国で活動続けるんじゃ駄目なの?あなた達がいなくなると正直、大打撃なのよ。この街にとっても国にとっても。
次いでいる子達もまだ冴えないっていうか只の二番煎じ、猿真似?華もインパクトも神がかったものも無いのよ」
「それを見つけて育てることをまた仕事にするのもよいのでは」
「あなた達のあとじゃ、どれもこれも詰まらないのよ」
「ワオ!」
「俺達、そこまで買ってもらえていたんですね」
「そうなのよ。だから、ね?」
手を合わせて拝んでくる。
「駄目です。いつか出国することの阻止だけは飲めません」
「権力があなた達を抑えにくるかもしれないわよ」
エリカさんがキッと強く私達を見る。
ほんわかしていた雰囲気はこの短い遣り取りによって冷たく場を凍らせた。
「…スケジュールは厳しいですが、ひと月半後にアルバムの発売。その二ヵ月後にコンサートツアーを行います。これでいいですよね?」
「…単発じゃなくて、ツアーなのね?」
「ええ」
「漫画なんか描く時間が無いくらいの公演数を覚悟なさい」
とりあえず活動の告知をして荒れない様にか。
「ずっと聞いていいものか迷っていたんだけど…あなた達のコンサートの人気が高い一つに体調が良くなるっていうのが挙がっているわ。それは観客の気の持ち方のせいなのかしら。それとも、物理的に本当にそんなことが起こっているのかしら?」
その目は何かを探るようで。付き合いも長くなっているからどこか違うのは気付いているのだろう。でも、それを突く事はマイナスにしかならないという判断で今まで流してくれていたはず。
「騒ぐと気が晴れますし、私の歌って染み入るでしょう?だからじゃないですか?私達の演奏で体調が良くなるなんて喜んでいいことなんじゃないですか?」
「…そうね。でも、青雲の志なら…笑われるかもしれないけど魔法のような不思議な力を使うって言われてもあっさり受け入れられる自分がいるわ」
「使えたら楽しそうですけど非現実的ですね」
「キラくんに不思議な力があったら透明人間にでもなって朝から晩までミュウに張り付いていそうだわ。クスッ」
したことないよね?マリエル?
「張り付くのに透明になる必要はないでしょう?」
「あら。あ~やだやだ。キラくんはもう少し羞恥心を持つ方がい・い・わ・よ!」
「羨ましかったら相手を作ればいいだけです」
「~~もうっ!と・に・か・く!」
エリカさんの指が私の眉間にすっと当てられた。思わず一歩下がる。指さないでよ。
「ミュウ、キラくん!アルバム制作とコンサートの準備よろしくね。いつも通りの手配だけはしておくから追加あるなら余裕をもって連絡頂戴。じゃ」
仕事を請けた私達に多少機嫌をよくしたエリカさんを見送った。
「忙しくなりますよ」
「うん、頑張る」
気合のガッツポーズから拳を天に向けた。
この国での活動の終わりへの歩みの一歩を踏み出した。
私の意識がそう認識したのを感じ取った。
◇◆◇
「ハードですね」
「ええホントに。クソ難しくてウンザリよ」
僕はアシスタントだけのつもりだったのに。家系が特別だったせいで、課題が課せられていた。
そもそも守護様なるものが憑いていて密かに補助をしていてくれたんだそうだ。今まで僕の力だと思っていた事はそうではなかったということになる。
僕に話しかけてきたことの無かった守護様は僕達に力の使わせ方を指導してくれている。
キラさんが怖い。あの人が一番怖い。
ニコさんも顔だけは素敵な笑顔だが目がおそろしいことがある。その妙なてらっと光る感じの瞳についてきいたら、……僕も智胡利さんも、ミュウさんもキラさんもウララさんも同じだって言われた。ちょっとショックだった。っていうか、僕はニコさんの顔しかちゃんと見れていなかったということなのだろう。
女性の顔を、しかも美人を見つめるなんて失礼プラスαで無理。絶対あの人達言い掛かりに近い事言って何らかの八つ当たりとかしてきそうだもの。
それでも、日々の積み重ねで地脈や大地のエネルギーは感じる事が出来るようになった。触れずに悪霊その他を取り除くのはまだ苦戦している。
ミュウさんが体操で身体の気を整える方法を教えてくれた。
あのウララさんは真顔で…相手が居るなら…げふん、特定のパートナーが居るならその、触れ合い…昇天するのも自己の均衡を保ち浄化によいと教えてくれた。あの美人の口から、居ないなら自分で慰めるといいってその手の動きが…口が…舌が…げふん。
あの人達はそれぞれが仕事も私生活もパートナーだから。あんな美人と密着して…やわらかく甘い…あ、鼻血。
「ちょっ、信心、血、出てる!」
「あ~」
「エロの妄想は自分の部屋でしてよね!どうせまた、ウララさんの話、思い出していたんでしょう。男ってエロいんだから」
免疫がないんだから大目に見て欲しい。
僕だって成長しているんだ。
彼等から見たら遅い歩みかもしれない。でも、自覚も手応えもある。
やっと、絵に携わる仕事に就けたんだ。漫画の方は順調だ。アシスタントだけじゃなく、オリジナルも描かせてもらえている。まだデビューできるほどの完成度はないけれど、このまま行けば、第二陣のデビューに入れそうだといわれている。
全てが経験に。それを生かすも殺すも僕次第。
今までの人生も否定するなと教えられた。それも僕の土台の一部なのだから。
踏み出せた一歩。
その一歩が簡単なようでなかなか出せないものだとキラさんが言った。
その情熱は大事に燃やし続けてとミュウさんが言った。
いつだって一人じゃないんだとニコさんが伝えてきた。
もっと知り、広く見渡せるようになった時、様々な評価が変わることをウララさんが話してくれた。
見ているものが僕とは違う。
でも、なるべく同じ高さまで上って来ることを望まれているのだろう。
もうじき、仁家の仁応という子が合流するらしい。
置いていかれてなるものか!
そう思いながらも僕は負けていないはずだという自信もある。
青雲の志との出会いは仁応の方が早かった。でも、今の僕は心身共に好調だ。努力もした。している。成果も出てきている。
積み重ねた自信は揺らぐ事はない。
僕が五家の中心になる!
僕達の修行は続く。
いつもお読み下さりありがとうございます。




