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54 育成-1

…月日は流れ、やっと、やっと!私は…私は…。

ふふふ…ふふ♪、ふふ、ふふふふふふふふ。


「うっ、きゃあ~~~!!出来た出来た出来た~~~~~~!!!」


それを胸に抱き締め、その場でくるくると回る。嬉しくて嬉しくて、それを抱いたまま滲んだ涙を拭った。


「泣くほど嬉しいとは…。僕、カミーユがそこまで本気だとは思っていなかったよ。ごめん。

…ん、で、なんか感動。僕の胸にも熱いものが込み上がるよ」

「ですわ。わたしまで涙ぐんでしまいましたわ」


うん、うん。皆、ありがとう。私は心の底から嬉しさが込み上げているんだよ!伝わっているみたいで超嬉しい!


「俺も考えていたより嬉しいです」

「マリエルがなんかすっごい優しい笑顔してんじゃん。よかったな、カミーユ!」

「うんっ」


製本所のオジサマ達とオニイサン達も涙を拭っている。


ここまで長かった。

基礎からのやり直しをし、制作に取り掛かり、渋面のエリカさんをなだすかし、制作と同時進行でアシスタントの卵を探し…。

どこにでも居る働く人々。でも、その中には夢を燻らせている人々も多く。

漫画が何か分からない人でも、絵や小説に興味を持ったまま、生活の為に選んだ職業に就く人も多く。家の商売を継がなければならなくて、そんな理由じゃ仕事に情熱を傾けられない人なんかも居て。

そういう人の中で「青雲の志」という名前に釣られてっていう人を外して…。

私が広めたいものは私達が作ればいい。でも、世の中に広く受け入れてもらい根付かせるには多くの力が必要だ。

幸いにも紙も印刷技術もある。識字率も高い。聖国というだけあって、基本的には穏やかで平和だ。失業率も低いと思う。それがこの街だけではなく、国土全体がそのようである事がこうして文化の発展に大きく貢献しているのだろう。地球を元に考えるから時折妙な均衡だと思ってしまうこともあるが、異世界であることを根底に置くなら、自分が知っている諸々の進歩の仕方が全てではないのも頷けることであるのだ。


製本所に企画を持ち込んだ時、最初は断られた。漫画を理解できない人に説明する事は難しく、薄い本を手作りし持参する所から始めたのが懐かしく思える。

本屋さんにはMDが付いていないものだけを置かせてもらうのを頼みに行ったり、外壁に宣伝用ポスターを貼らせて貰う事の了承を得たり。

描く事以外にもすることが多くて、マリエルの交渉があってこそ上手くいった事も多々あった。


描くといえば…紙に合うペンを作ること事から始まり…手持ちの丸ペンやGペンでは現地の紙やインクとの相性が悪かったのも誤算だった。スクリーントーンも無いから点描とか全部手書きだし…点が丸くならず跳ねたりするのを注意されたりしてキーッってなるのも何度あったか。速乾性の修正液、修正ぺんが恋しくて堪らなかった。

そんな頃に歌った恋の歌は「慣れた日本の物に対する恋しさ」への想いが募り、今までにないほど受け入れられ、少し飽きてきていたファンやこれまでに興味を示すことが無かった層の獲得ができた。

気付かないうちに悪い意味での慣れが出ていたのだと知らされた一件となった。


そんなこんなで、渋っていたエリカさんも反対する意思を翻した。バランスよくやるならいい結果を齎す事に気付いたということらしい。

付き合いが長くなってきて、エリカさんは頼りになるけど意外と…自分の思い描いたように事が運ばないと気が済まない性質たちだというのも見えるようになってきて…正直いって、ちょっと面倒くさい人だったんだなって。時々だけど、いや、極たまにだけど、煩わしさを感じてきている。

いつかは聖国を出るのだから、それまでの辛抱だ。辛抱だと思っている時点で先が見えているともいえるか。

それに、この縁だってきっとこの先役に立つこともあるだろうから。

マリエルとリコルに全く靡かない、色目を使わない、美しさに緊張しないという、仕事をするのに大変やり易い面はとっても気に入っているのである。


そして、私達が拠点として家を建てたこの山も予想通りというかそれ以上の早さをもって開拓され町が出来上がっている。旧王国のわずかな生き残りも生きる気力を取り戻した者も増え、その人達が街に混じり、発展する街からは新たな地を求め移動するものが出始め、それによって拓かれたこの辺りの地が栄えていく。その様に結界の向こうは広がっていっている。


…ので、隠れていることが不自然になってくる前に今迄の結界を外したのが今日である。

広くとってある私有地であるし、新設した軽~く認識阻害がかかっている弱い結界でも問題ないと思う。

あの、盗聴器の一件以来もう面倒臭くなってあの家では過ごしていなかった。使わなくても汚れるし、掃除はしていた。で、結局、勿体無いから私物を全部片付けて…青雲の志の事務所…とはいっても形だけ、にした。実際は商工会ギルドが事務所の役割を果たしている。そんな感じで、無駄な箱である。こんなだから、この国を離れる時は売ってしまう予定だ。


因みに、漫画用の建物はその町に建てた。道も整備されたからだ。車で行ける様になっているので自然な行動ができる。ただ、こちらは路面電車が設置されておらず、いずれ出来る事になるのか、商工業・手工業・工芸など物作りをメインにと考え配送などを重視しているのか分からない。

せっかくだから、ここに住む人々にとっても便利な様に交通の便を整えて欲しいとは思う。

街同様、基本の住宅はやはりアパートのような建物が連なる。各々が適当に土地を買ってではなく、おそらく国の事業計画にのっとったものだ。

道が規則正しすぎる上に同じ様な建物が並び迷子に成り易いので、私達の漫画用の建物は良い目印になりそうだなんて思う。


◇◆◇


僕は思い切ってここを訪れた。僕にしては凄く頑張ったと思う。

僕はお父さんと先代の言う事をちゃんと守り、従った。それと平行できるなら好きな事もしていいって言ったから。それを信じて先代から習い後を継いだ。継いだけど、僕は仕事は縮小していった。それでもちゃんとやっている。

顧客の…患者の引継ぎはした。基本的に新患は受け付けない。技術は一子相伝であるなんて言われていない。なら、技術は廃れないようにと細かく記し教本を作った。新患は受けない代わりに僕の技術を受け継いでくれる弟子を入れた。雇うわけでも養うわけでもない。そういう面倒を見ない、教材も提供しない、その

代わりあり得ないほどの格安で教えた。

ただ、何が違うのか、同じ事をしても治療の効果が薄いのが困るところだ。薬については問題ないのに。何故だろう?

考えたくはないが、これが僕が先代の後継者になった理由なのかもしれない。でも、お母さんのお腹の中に居る時に指名されたというのだから納得がいかない。


そんな僕が本当になりたかったのは絵本作家というやつだ。幼かった僕には分からないが他国からの行商人がたった二冊だけ持ち込んだ絵本というもの。それを見て、物を強請ねだることのない僕が必死に頼み込んで買って貰った宝物であり夢。言われるままに幼い頃から叩き込まれる知識と決められた未来。それに疑問を持つきっかけになった出来事であった。


その僕がここに居る。

僕は知らなかったが、青雲の志という吟遊詩人、もとい、歌手…同時に面接に来ている人達に違うと注意された…が絵本のようなもので漫画といわれる美術絵本のようなものを制作するので、それを広める為に美術などに興味がある人を集めて選抜するということで、その場を訪れた。随分と人気らしく、ものすごい人数が訪れている。しかも、その四人が直々に面接するとかで受付時間の間に気持ち悪いくらいの人、人、人で床が抜けるのではないかと心配になった。


その人達は神々しかった。

同室には十人も入ったが、僕だけ別室に通された。質問はたった一つだった。


「俺達のこと、知っていますか?」


僕が感じたのは、質問の答えそのものではない何かを視て聞いている。それだけ。

通された別室にはまだ、僕を含め三人しか居ない。

たった三人。

今のところの合格者なんだろう。

他二人は、熱心に何か本を読んでいる。僕が入室した事にも気付いていない。

その本が恐らく漫画というものなのだろう。たくさんあるので僕も手にとって開く。

絵本が世界の全てになっていた僕に新しい世界が開かれた…ような気がした。


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