5 マリエル・レイ
前下がりのグラデーションボブは男らしさを欠くがサラサラと音がしそうな程、美しい。顔回りの両サイド一房ずつだけ極端に長いのが特徴的である。明るい金髪とピンクがかった紫色の瞳が春の季節を思わせる。
「マリエル?…!」
ベッドから飛び降りるとその勢いのままマリエルに抱き付いた。嬉しさと安堵と驚きで涙が止まらない。マリエルの服がどんどん濡れていく。濡れた服が触れている頬が冷たい。
えっくえっくと噎び泣く。止まない嗚咽のせいで苦しそうな顔で見つめられていることに気付かなかった。
「一人にしてすいません。心細かったでしょう。俺がいるから、もう大丈夫ですよ。
俺の任務が長引いてしまったせいで…。カミーユが地球に生まれてからリーヤ課長とカミーユがマーカー(目印)になる様、細工したのですが失敗してしまったのかと。カミーユが転移した時はほぼ同時に同じ位置に来れるはずだったのですが…1日ずれてしまいました。もしかしたら、ジルとリコルもこちらに着いているのかもしれません。そのうち何処かで会えるかもしれませんよ。
ふふ、カミーユを悲しませてしまいましたが、サポート、いえ、公私の相棒である俺を付けるのを失敗したと思われた御蔭でリーヤ課長が物凄く頑張って部屋を使える様にしてくれたんですから、大変な思いをした分だけの利があったと、報われたと喜ぶ事にしましょう」
その言葉に、自分の事をそんな程度しか心配してなかったのかと、少し心が冷えた気がした。マリエルに会えて嬉しかったのは自分だけであったのかとガッカリしているのに気付く。そんな風に己の精神が悪い方向へ引きずられていくのを冷静な部分が感知していた。―――ちょっと!苦しいってば、緩めて…マリエルに言おうと背中を叩こうとした。
「…間に合って良かった……無事で良かった………遅くなってすいません…無事、会えて良かった」
絞り出すように震える声で紡がれた言葉は、マリエルがどれだけ心配していたか、一緒に来れるはずだったのに失敗して絶望と後悔をしていたか、カミーユの能力・力を信じていてもいつもと勝手が違う事でどれだけ不安にさせていたか。近くに、すぐ隣りに居られるはずが、遠くで見守る事もできず、ただ無事を祈ることしかできないと知り、どれだけ心を悩ませたか、無力に感じていたのか。
あまりに張り過ぎていた心は、自分の事だけで一杯いっぱい過ぎて、1番大切な人を慮ることすら忘れてしまっていた。
顔を上げてマリエルを見つめる。善く見ると、マリエルの瞳は潤んでいて長い睫毛は濡れて重たそうになっている。
「マリエルありがとう。マリエルが来てくれなかったら、きっと私壊れてた。多分、憑かれて堕ちてた。現に今も引きずられそうになっていた。
一人ぼっちのままだったら、任務も失敗していたとおもう。本当にありがとう。凄く感謝してるよ」
どれだけ嬉しくて、感謝していて、今この時を幸せだと思っているかちゃんと伝わっているのだろうか。
「今回のカミーユは、いつもよりもちょっと幼いですけど、とても可愛いですね。…惚れなおしてしまいました…」
惚れ直したのはマリエルだけじゃないと伝えたいが恥ずかしい。二人で頬染め合う姿はさぞ初々しく見えることだろう。
一般人として暮らすなら日本は平和な国だった。当たり前に享受できる幸せが多かった。その当たり前が当たり前ではない事を忘れず感謝し、幸せだと感じながら生活していたから今の自分がある。
気が強そうに見える私にとって、マリエルにああ言って貰えたのは凄く嬉しい。
涙でびちゃびちゃになった顔を手で拭おうとすると手を掴まれた。
「擦ると益々赤くなりますよ。俺が拭いてあげます」
言い終わると同時に、顔が目の前に現れ、唇が寄せられた。どうやっているのかわからないけど、唇が触れた所から涙が無くなっていく。
耳に唇が触れる。髪と息がサワサワとくすぐり、足がガクガクする。
「そんな所に、涙なんてっ、ついて、ないっ…ンッ、ヒャッ」
「やっぱり可愛いですね」
顔の熱が倍くらいになったようだ。ひょっとして脳みそが沸騰して顔じゅうの穴から出てしまうかもしれない。
「おやおや。こんなにウブでしたか?」
服の裾からするりと手を潜りこませ、指で背中をツツーッとひとなでしてきた。
「きゃっ!~~!!」
びっくりしてギュッとしがみつくと、くつくつと喉を震わせ笑う。楽しそうな姿にちょっぴり腹がたつ。むーっとむくれてみせると、
「カミーユ、可愛い過ぎです」
再び、ぎゅうと強く抱き締めてきた。
こんなに幸せを感じたのは久しぶりで、日本での穏やかな幸せとは違う、熱い幸福感である。
幸せに浸る、このまったり雰囲気を自らの腹の音がぶち壊す。
…ぐぅ~~~ぎゅるるる…
「待ちきれないと急かされてしまいましたね」
異世界で初めて誰かと共にした食事は、最近した食事の中で一番楽しい時間であった。
食後に情報交換をした。
とはいっても、オーカム王国についての情報は少ない。マリエルもマーカー(目印)の私が部屋にいる時に転移してきたからだ。先に一人で偵察しようかとも思ったそうだが、部屋の外に出たはいいが、万が一入れなくなると困るので起きるのを待っていたそうだ。
仕方ないのだが、マリエルは自分の部屋を展開できない状態なので、(空間収納は使えるそうだ)私の部屋を一緒に使う事になった。一緒に住めるのが嬉しくて、心の中ではガッツポーズをしていたのは内緒だ。
仕事と着替えの為に一室だけ欲しいと言われたので1部屋追加で作成した。寝室は一緒に寝るのだから必要ないと言われてしまった。
…うん、まぁ、そういうことだ。
私達もエンジュとユリウス位、魂の繋がり…縁が深く強いのだ。因みに、エンジュとユリウスとは私達の親しい友人である。
「それでね、カミーユ。実は俺、『浄化』殆どできませんので、主にカミーユにして貰うことになります」
「えっ!なんで?だって私と同じ位浄化力強かったよね」
心の支えになってくれるから、居てくれるだけでもいいんだけど、ちょっと残念。一人でする倍の早さで出来ると思っていたからだ。凄くアテにしていたのである。
「そんなあからさまにガッカリしないで下さい。さすがに少々堪えます。
『浄化』こそカミーユの20%程度しか使えませんが、それ以外は全てカバーしてみせるので肩を落とす必要はありませんから。
心も体も仕事も俺が支えますから心配無用です」
浄化も殆ど出来ないと言いながら20%も使えるのかと、マリエルのチートっぷりに、ちょっぴりの羨ましさと頼りに出来る安心があった。
情報交換した結果、あまりにも情報が不足している為、二人で夜の街へ繰り出してみる事にした。