43 理想と見極め
リコルから話を聞いた俺はそっと部屋へ戻った。
カミーユが持っている図鑑をパラパラと捲る。細部までしっかり見ながら空の棚を開く。
必要な分だけ取り出すと、次は園芸の本を開く。そして再び棚から取り出した。
鼻歌が口から出ていることにも気付かずに作業を進めていたらしい。
「マリエルご機嫌じゃん」
「そのように見えますか?」
「歌ってんじゃん」
「そうですね」
リコルの気配がした少し前から口ずさんでいることには気付いていたが止める気にはならなかっただけだ。
「そうだ。報告~。バッタに咬まれたことがあって苦手なんだとさ。子供の頃、蛇を放り投げたら鳥にぶつかって追い掛け回されたんだって。それ以来、ソレを思い出すから蛇が苦手なんだって」
「そうですか」
「女にありがちな脚が多いの苦手ってヤツ適応。ゲジとか蜘蛛とか」
「ありがとうございます」
「僕もいいよね?」
そうですね。対価に参戦希望と。よいでしょう。
「ええ、勿論」
男同士、低い声で笑う。それを客観的に見たらさぞや可笑しく不気味でるかを考えたら、もっと笑えた。
「ちょっと、それ怖いですわよ」
「ジルも備えておきますか?」
「お断りしますわ。悪趣味ですもの。…蝉やトンボが苦手な婦人も多いですわよ」
それを聞いてリコルがヒィヒィと笑っている。
やっぱりこのチームは面白い。
この世界に来てからすっかり「人間らしくなった」様に感じる。
それは何か事がある度にひょっこり顔を出す。
この、ちょっとした事で動く感情。熟・未熟の精神の者が交わり刺激を与え合うことによる混沌。
ああ、面白い。
与え、与えられる影響。愚者を装う理由。惑わされない目。
期待と諦め。年長者故の経験からの判断。表面だけの正義。
平等だけど対等ではないこの世。
どんなに不平等であるように見えてもあの世から、神から見たら平等である現世。
俺の心もこんな風に簡単に負に揺れる。
ジルとリコルもあんなに簡単に負に傾く。
馴染んだ身体。通常とは異なる方法で得たせいなのか感じた反動。
律さないと簡単に裏返ってしまう。
能力があるばかりに増長し慢心する精神。
この世界の魂の成熟が遅いのは地球人より長い、長すぎる寿命なのかもしれない。
急激な変化は思っていたよりも遅く、想像よりも強く俺達を蝕んでくる。
俺の中に光と影が出来そうになる。
ジルとリコルは先に部屋から出た。
部屋の中に居ることで、俺の精神もだんだん癒され正常に戻っていく。
俺からカミーユを引き離し奪おうした。
その出来事が俺をこんなにしてしまった。
パコォ~ン!!!
「っつ…」
何だ?若干くらくらする。頭に凄い衝撃があった。何故?…ん?
「…何をするんですか、カミーユ。暴力はよくありませんよ」
腕を組み、むすっとしている彼女が立っている。
「カミーユ。カミーユ?」
むすっとしていた顔が歪む。せっかくの美人が台無しだ。
「駄目だった。今のマリエル変だったよ。マリエルが嫌なマリエルだったんだもん…!」
カミーユの足元にハリセンが転がっていた。
「なんか駄目なマリエルだったんだもん!だから謝らない。………痛かった?ごめんね?」
いやいや、たった今謝らないって言ったじゃないか。けど、カミーユらしい。
「痛くありませんよ。心配させてしまったようですね。大丈夫です。ふふ、そうですね。もし、少しでも悪いと思うなら」
「思うなら?…マリエルのお願いだったら何でも聞くよ?」
何でも、なんて言っちゃっていいの?俺はこういうのは遠慮なく利用するよ。
「何でも?」
「うん」
訂正をする機会を与えたのに。逆に言質の強化ときたか。やっぱり、俺のカミーユは可愛い。
「それでは、夜のお楽しみ……………ですね」
「え。ちょ、やっ、ねぇ、夜って」
「女に二言は?」
「…………」
「何でも」
「うっ」
「二言は?」
「でもぉ」
よほど焦っているらしく、念話で気持ちと考えている事が聞こえてくる。
媚薬を使うとか恥ずかしさを与える下着の着用を求める…羞恥心を煽るのも確かに楽しそうだ。うん、うん。
…オイ、コラ。
…縛らないし、目隠しもしませんよ。低温ろうそくも手錠も鞭も使いませんから。
微笑ましかった可愛らしい妄想から俺の血管をピクつかせる妄想に変化している。
痴漢?青姦?調教?一体どんな風に思われているんでしょうねぇ。
首輪?監禁?放尿?荒縄に洗濯ばさみ?…望まれても遠慮しますよ。
どこまで膨らんでいくんだか。
ぇぇぇぇえええええ~~~~!!!!!!!
この人、妄想で俺に鞭打ち始めましたけど。妄想でもピンヒールの踵で俺の踏みつけるとかやめて。
俺、涙出そう。そんなのでゾクゾクできないから。キュッって縮こまったんだけど。
「カミーユ」
「…」
こんな時は荒療治で。って、戻ってきちゃいましたね。残念。非常に残念です。
「うん!二言は無いって言ったもの。受けてたつわ」
今の内におもちゃに篭ってしまった悪意を浄化する。これならただのお遊びで通用するだろう。
かわいい子供のお遊びで済む。
…ただね。状況次第では多少悪化するかもしれないけど。どうなるか分かりませんね。
「さて、移動しましょうか」
「うん!」
俺もまだまだですね。
◇◆◇
妹に正面から接してこなかったツケか。
わたしの口から吐き出された息は重かった。
貴族の務めを口にしながら私欲に励む父。目を付けられて行動が縛られる事を恐れたわたしは友人と共に道化も演じながら生きてきた。友人と母はわたしと共に正しい貴族の在り方に戻そうと日々努力を重ねていた。
妹もこちら側に引き込みたかった。
しかし、妹は父寄りの思考の持ち主であった。それでも早くから真摯に向き合っていればこのように育つ事は防げたかもしれない。いや、やはり無理か。甘やかす父にべったりだった妹。今でこそ父から離れている時間も多いが以前は時間の許す限り付いて回っていたのだから。そのせいで彼女の価値基準は父と似たり寄ったりになってしまったのだから。
妹が流行の者達に興味をもった。
見目麗しく、音楽も素晴らしい。商工会の後援もあるという。わたしも彼等の音楽を気に入っている。
才能もあるのだろうが、そこに辿り着くまでの努力を想像すると頭が下がる。
わたしの手が届かない輩達が彼等に手を出そうとしている。
商工会が付いているとはいえ、もし奴らが実力行使をしたら武力もなく武道を嗜んでいる様にも見えない彼等に抗う術は無いのではないか。だったら、わたしの勢力に取り込む形で守ることにしよう。
幸い、麗しの乙女達である。この勢力争いについて説明し、状況を理解して貰えばわたしの愛妾という立場を受け入れてくれるに違いない。
妹もアレで見目だけは素晴らしいから男性達も受け入れてくれるだろう。
…うむ。…はて。…おや。
ぬおっ!!!
うろたえてはならぬ。
たかが玩具だ。
なかなかお茶目な演出ではないか。
は?
全ての演奏が終わり幕が上がるとそこには何も無かった。誰も居なかった。
今までのこの時間は幻だったのだろうか。
「本日はまことにありがとうございました。青雲の志はスケジュールが詰まっておりますので先に退出、移動に入っております。挨拶は商工会を代表して私がさせていただきます。
これをもって公演の終了といたします」
「ああ」
なんだ。結局、彼等と一言も交わすことが無かった。風のように空気にように、姿を消した。
「こちらの書類に署名をお願いいたします」
「ああ」
「確かに。続いて、支払いを現金でお願いいたします」
用意をしておいた現金を渡す。
「はい、確かに。こちらが領収書になります」
「ああ」
「何かご不明な点がござい…」
終わってもらっては困る。この後、彼等を交えてパーティが控えているのだから。一度や二度断られたくらいで引いてたまるか。ただの遠慮かもしれないしな。
「…事前にそういったものには参加しない旨での契約を取り交わしたはずですが」
まさか本当に全くの不参加だとは思う筈ないだろう。ああ、何ということだ!!
わたしの面子も丸潰れだ。
「お兄様!キラ様はどこですの?」
ああ…やっかいなのが来た。
「それでは、本日はありがとうございました。見送りは結構ですので。失礼いたします」
商工会職員はさっさと退出し帰ってしまった。
わたしは椅子にもたれ掛かり頭を抱えた。




