31 足音-2
沈黙が苦しい。
私はまだ受け入れてもらえてもらえるのだろうか。見放されていないと思いたい。
でも、こぼれていく…幻。
唇を噛み締める。薄く血の味が広がった。
「まぁ誰も責められないよねぇ。ねぇ、マリエル?なぁ、ジル?」
「うぅ~。ですわね。けどっ、でもっ、せっかくだから、この折に言わせて貰いますわ!」
ジルがぶち切れそうな気配が濃厚で、半歩後ずさる。その無意識の行動はマリエルがいつの間にか腰に回していたてによってそれ以上下がる事を止められた。
そっと見上げると眉を下げて、泣き出しそうにも見える顔をしているマリエルと目が合った。
「ごめん」
勢いがついたジルには聞こえていないと思った私の声は拾われてしまった。
「~~~っ、もうっ!わたしが話そうとしているのに何ですのっ!!ほんとにもうっ!プンプンですのよ!」
腕を組んで頬を膨らませて、足なんか肩幅よりもっと広げちゃって。プンプンとか言っちゃってる。
どうしよう。可愛い。可愛すぎて、私の肩と背中がプルプルしちゃってる。
「いいですわ。わたしが、わたしも言いたい事があるの!あんた達たまには可視化しなさいよ!
誰も応えないものだから皆わたしに声を掛けてくるのよ」
わざと無視している私は黙秘を致します。今のこの流れなら私が無言である事は問題ないはず。
「わたし達の滲み出る『聖気』に当てられ続けているあの人達の守護霊がうるさいのよ!あんた達も応対しなさいよ」
うわぁ…やっぱり、普段の「ですわ」ってやつは作ってたんだ。そうだとは思っていても、いざ剥がれるとこんなにも残念な感じするんだ。しっかり覚えておこう。うん、私は素のままでいい。うん。
「な、何ですの。何なんですの?そんな憐れんだ顔で見ないで下さいましぃ~~~」
ジルは顔を真っ赤にして自室に…逃げて行った。
「リコル、ジル行っちゃったけど、後追わなくていいの?」
「ああん?今行ったって恥ずかしくて悶えているだけだろ。行かなくていいだろ」
「ですね。それより、カミーユ」
「そうだぞ、カミーユ」
「ですよねー」
確かにに、ジルと違って私は逃げちゃいけない。
「報告しなくてごめんなさい。これについては謝るほかありません」
「どーせカミーユの事だから僕達が忙しそうだったから遠慮したとか、安易にまだ大丈夫って言う判断をしたんだろうけどさ」
そうであるとも言えるし、そうでない理由が大きいことを考えると違うって事にした方がいいのかな。
今現在が楽しいから後回しにして係わりたくなかったなんて言えるわけないじゃない。
「…うん…、うん、そうなの、ごめんなさい」
嘘、ついちゃった。ううん、嘘じゃないもん。そういう風にも思ったもん。
「へへ、うん、本当にごめんってば!次は遠慮しないで言うから、その時に文句言わないでとりあってよね。マリエルもごめんね」
そう言ってからリコルと、そしてマリエルの顔を見る─────感情が抜け落ちていた。
再び、リコルを見る─────泣きそうな顔をしていた。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
うつむいた顔を上げると、そこには痛々しいものを見たといわんばかりの顔をしたジルが居た。
せっかく明るい場を取り戻したというのに、私のせいで再び沈黙が訪れた。
「……………ごめんなさい」
搾り出した声は細く、普段の賑やかさがあれば、まず聴こえる事はないだろうという位のものであった。
「何について、と聞いても?」
マリエルのその質問は、もう誤魔化そうとする事を許さないという意志を強く感じさせられた。
口を噤む私に対してマリエルとリコルが大きな溜息を吐いて私の答えを急かしてきた。
「答える気がありませんの?答えられませんの?」
ジルの方を見る。
「怒っているわけではありませんの。ううん、怒っていますわ。でも、カミーユが大事だと理解しているはずの事を言えない、言わない。
あの世では基本、思うだけで筒抜けだから、言葉にしなければ伝わらないこの状態がもどかしいですわ」
「僕も残念な事に肉体を持ってしまったらあの世に居る時と同じで居られない。記憶はこんなにしっかりしているのに、もう、あの世に居る時と違って『人間』になっている。肉体を持った、ただそれだけでいろんなモノに縛られる。
永く経験しなかった黒い感情だって起こることが珍しくない。
この僕が欲に囚われる事があるんだよ。自分で言うのもなんだけど、無邪気で素直で程よくまっすぐで明るい僕が。何かに誘惑されて負けそうになるんだよ」
「えっ…?」
思わずマリエルを見る。
「俺なんて、その最たるものでしょう。カミーユが欲しいという色欲といつでも戦っています。
あなたという人が愛おしくて仕方ない。この溢れる熱情、届いているでしょう?」
「うん」
私は素直に話していった。話せなかった理由に意外にも皆、理解を示してくれた。
もっと軽蔑されると思っていた私にとって、それは嬉しくもあり不思議であった。
「どうして?」
「どうしてってさぁ。それを聞く意味が分からないんだけど」
「ですわ。カミーユの頭って、ものすごく悪いのかしら。嫌だわ」
「本当に分かりませんか?」
「うん」
そんなに頭悪いかなぁ?そうかも?そうかなぁ…。
「俺達も同じなのですよ。たまたまカミーユ程重要な案件で表面に出なかっただけなんです。仕事で来たこの世界ですが、それぞれ楽しんでいるんですよ。だから、ジルも守護霊について報告しなかったし、俺達だって気付いていながら知らないふりをしていたのですから」
「あ、そうなんだ」
「当たり前じゃん。しんどいだけの『使命』より夢に向かって進んでいく方が大変でも楽しいに決まってんじゃん」
「そうですよ。しかも、自分の愛する人が常に傍に居るんです。その人と歩いていけるこの喜び、どんなに心温まるものか分かるでしょう?」
「うん」
私とマリエルとリコルは笑い声を上げた。うん、皆、ありがとう。明るく温かい空気に包まれた。
「……───わ」
ん?
「ふざけた事おっしゃるんじゃないですわ!」
げっ。
「皆、守護霊のこと知っていたというんですの?わたしの善意を利用していたなんて、皆さん鬼畜ですわっ」
「あちぁ~。僕達のことそんなに怒っているの?ごめんね。ジルなら頼りになるから任せておけば何の問題も無いと思ったんだ」
「ジルに頼りきりになってすいませんでした。俺も資金繰りに奔走していたのでそこまで手を回す事ができずに。…ジルの能力を過信した俺のミスです。ジルが凡人に毛が生えた程度の能力しか持っていなかったなんて…過大評価で重荷を背負わせてしまっていたのですね」
「「「………」」」
マリエルの表情は、一見申し訳なさそうだけど、その目には「そんな事も出来ない能無しか」と嘲る気持ちが浮き出ている。
言葉を失くしていた三人の中で最初に我に返ったのはやっぱりジルで。
「わたしに任せておけば問題ありませんわ!誰が手に負えないと言いましたの?」
「うん、さすがジル!私なんてこの通り心が弱いからさぁ。ホント、頼りにしてるから。ジル大好き!」
「さっきも言ったけど、頼りになるからさ。僕は誰よりもジルを信用しているからね、相棒!」
ジルの顔がみるみる赤くなっていく。いや~ん、超可愛い♪
あまりの可愛さにジルに駆け寄って抱きしめた。お互いの胸がむにってなってちょっと圧迫感があるけれど、そのままジルのほっぺにチュとキスをした。
私の背後から、カツ…カツ…カツ…と。




