29 噂と事実
『商工会ギルド★イチオシ』─このキャッチフレーズに目を留め、道行く人の足が止まる。
商工会のネームバリュー、その威力は私達が考えていたよりも遥かに大きかったようで。エリカさんの協力を得られたことは非常に大きくプラスに働いている。
もし、これが無かったら…。
改めて気付かされたのは、四人が四人とも何に於いても地球基準であった、ということ。重なる部分も多大だし、無意識下でそうなってしまっているのもどうしてみようもない。気付いた時に土地柄を吸収していくしかないのだ。
幸い、私達が考えていたより遥かに多くの天変地異に見舞われているらしい。そのお蔭で、数々の国に於いて、大陸移動による国の分裂・崩壊が起こっており、文化・様式等が伝統として受け継がれている地域が非常に少なくなっているそうだ。
なので、うっかり日本基準で物事を進めようとしてしまってもあまり怪しまれることが無い。
…あくまで異世界から来た私達にとって、今の状態だからこそ「幸い」なのであって、この星に生きるものやすっかり馴染んでしまったあとの私達にとっては他の人同様に天変地異が起こりやすい事など不安と恐怖の種でしかないのである。
なので、不幸を喜んで迎え入れているわけではないのである。
そう、で、もし協力が無かったら、広場の噴水前で飲料水が入っていたケースを並べた上で歌い、日銭を稼ぐことになっていただろう。冷やかしにあったり邪魔されたり喧嘩に巻き込まれたりとトラブル三昧になっていたかもしれない。なんてったって私達、見てくれがいいですから。だから、商工会、いや、エリカさんの後ろ盾を得られたことは本当に幸運であったのだ。
彼女が如何に凄腕であり、知名度があり、その道で偉業を成したか思い知らされた。
エリカさま様である。
私が今立っている掲示板の前には私達のポスターが貼られている。
商工会のイチオシイコールエリカさんのお墨付きというのが街には浸透している。回覧板には前売り券を200円引き、当日券を100円引きのチラシを挟み、CDを購入してくれた方には次回CD購入時に100円引きになるおはじき型の割引き珠を進呈する旨を記してもらった。
お金の単位は「円」だが、紙幣は無い。紙幣に価値を持たせられるほどには世界の経済が出来上がってはいないということなのだろう。度々、天変地異が起こるようであるのだから納得である。
自分達のポスターを見て思う。エリカさんの威光を借りるんだ。めいっぱいその力を無駄なく使おう!
掲示板の前でポスターを見ながら期待を込めた発言をする人達を見てお腹に力をいれ気合を込めて「っしゃー!」と気合を入れて走り出した。
◇◆◇
わたしとリコルは商工会で打ち合わせだ。
多分最近、わたしを除く三人は視ていないのだろうと思われる。
ここの職員達が…いや、職員の守護霊たちがわたしに話しかけてくるのである。止めておけばいいのに好奇心と情けで耳を傾けてしまった。
《もっと力を貸したいの。エリカに活躍させたいの。エリカの靄を祓って》
《あなた達の接触が多くなったお蔭で靄が薄くなってやっと声が届けられるようになったの》
そうなの。それは良かったわね。わたし達にとっても喜ばしいことですわ。
《ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ》
《こっちの仲間達の声が全然届けられないんだよ》
《無視しないでよ。いつになったら皆を光の仲間に入れてくれるの》
皆視てないから無視であるが、わたしはうっかり視てしまった。目が合った。ひと気が無い時に彼等に答えてしまった。
カミーユ達に相談することも勿論考えたが、今は忙しくてそれどころではない。
話しかければ返事があるわたしに言いたいことを伝えるのは尤もだが、非常にうるさい。
わたし一人でもこちらに専念したほうがいいかしら。
「ちょっと、ジル!聞いてるの?眉間にし・わ!」
ああ、いけない。打ち合わせに集中しなくては。リコルが顔を覗き込んでくる。そういうリコルの顔にも眉間にしわが出来ている。
「ジルさん、もし体調良くないなら今日はお帰りになってください。当日を万全にするために、今、無理をしてはいけません」
『何かあったの?僕には言ってよ』
『大丈夫ですわ』
「体調に問題はありませんわ。…少し歌の練習が足りなくて。それが気になってしまいましたの」
そう、苦笑しながら返す。リコルは納得いっていないようだが無視をした。
「でしたら、こちらは急ぎではないですので今日は歌の方に集中していただいていいですよ」
そう言ってくれるならわたしはまた同業者と施設探しに行こうかしら。
少しだけ考える。うん、そうしよう。当初はその予定だったのだもの。問題ないはずだわ。
「お言葉に甘えてそうさせてもらいますわ」
「えっ、ジル行っちゃうの?」
「ええ。後はよろしくお願いしますね」
わたしは商工会をあとにした。
◇◆◇
……が早速、予定変更である。
目の前を駆け抜けようとする女性の肩を掴んだ。脇目も振らずに走っていたのは勿論カミーユだ。
「うおっと」
掴まれた肩からグキッて音がしたような気がするけど気にしない。きっとカミーユなら大丈夫だから。
「そんなに急いでどこに行きますの?」
「あれ~、ジルこそ。今日は商工会で打ち合わせじゃなかったの?」
カミーユみたいな美人が疾走していて注目を浴びていたところに美少女であるわたしが合流したことで益々人の目が集まる。聞き耳をたてれば「あの子達、商工会が押している」とか「やっぱりそうだよ」とか「男性陣はいないの?」とか言ってるのが耳に届く。
せっかくだから少し宣伝したほうがいいかしら?
「ええ。そちらはリコル一人でも大丈夫そうですのでわたしは練習することにしたのですわ」
「そうなんだ~。私もしよっかなぁ。さっき掲示板の前通ったんだけどね、見てくれている人が何人も居たんだよ。嬉しくなっちゃって走ってきちゃった。へへ」
マリエルがやきもち焼きそうだけど周囲の男性の顔がだらしなくなっている。カミーユの笑顔に合わせてわたしもフフと笑う。益々注目が集まる。
カミーユの腕をとり、身体の向きを変えぐるりと見渡し優雅に一礼する。カミーユも何だか分からないって顔をしながらもわたしに倣い一礼する。
『カミーユ、挨拶いたしますわよ』
『えっ?あ、うん』
改めて姿勢を正す。
「わたし達、『青雲の志』でございます。皆様のご来場お待ちいたしております」
『ねぇ、プログラム外の曲、何か1曲歌おうよ』
『今ですか?』
『うん!あ、そうだ。左へ行こうの1番にしよう』
もう、カミーユったら。勝手にこんなことしていいのかしら。でもせっかくだから歌っちゃいましょう!
カミーユに乗せられて歌ってしまったけど、かなりいい宣伝になったと思う。歌っている間に人の流れは人垣になっていた。もっと聞かせて欲しいという声があったが。
「「デビューライヴにお越しください。当日をお楽しみに!」」
と挨拶をさせてもらい、別々に走って逃げた。それぞれテレポートをして撒いたのは勿論のことである。
日を改めて商工会に行った日のこと。
「ジルさん。やってくれたわね~。でも、垣間見えた人柄と歌の実力を目の当たりにした人達がいい噂を流してくれたわよ。その代わり、その期待を裏切らない、より高い完成度が求められちゃったわよ。大丈夫?」
「ええ。あの日は当日歌う曲を歌ったわけじゃありませんし。鼻歌に毛が生えた程度の出来であんなに喜んでもらえるなんて、こちらも驚きでしたわ」
「大きく出たわね。楽しみにしているわ」
「はい」
元々、商工会の後押しがあり、新人としてはかなりいい前売り券の売れ行きだったが、これを機に前売り券は完売。商工会には問い合わせが増え、当日券も前売りするという対処をすることになった。




