2 異世界召喚
子供の頃から割とカンが良い。
とある参加したイベントが終わり、コスプレをしたまま歩いている。
ハッキリ言って超恥ずかしい。この格好をお客様に見られたら、仕事に行ける自信がない。
でも、なんとなく着替えない方がいいような気がする。それも確信できると思うくらい。
しかし、何事もなく夕方になった。
珍しくカンが外れた事を妙に思いながら自宅アパートに向う。
歩みを進めていると、徐々に何かを感じてくる。その何かは1秒ごとに強くなる。
ウィッグがしっかり留まっている事を確かめる。リュックもちゃんと閉じてある。最後に水筒の中の麦茶を飲み干すと籘の鞄にしっかりしまう。
落ち着け私。コスプレでかけた小さい丸レンズのサングラスをクイッとあげる。
…来る、来る、来る、来たっ!
【転移確認。能力使用許可でました。使用可能】
声が頭の中に響く。
何が起こったの?やっ、宙に浮いてるっ。超ヤバイ。落ちるっっ!
眼下に広がる金色の草原に隣接している森林の中からにょっきり伸びている一番高い木にテレポート(!!)した。葉の茂みに身を隠す。青色のウィッグとサングラスを外すと籘の鞄からスーパーのビニール袋を出してそこに詰めて空間収納(!!)に突っ込んだ。この服装もマズイとカンが告げている。さすがに木の上じゃ着替えられない。
平地を探す。森の中に切れ目が見えた。平地がありそうだ。そこに跳ぶ。
危険を知らせるカンは遠のいた。今のうちに急いで着替えることにする。動きにくくて目立つ今着ているテラテラと光るコスプレの服を脱ぎ、私服に着替えた。空間収納からさっきのビニール袋を取り出して、服を畳んで詰込む。履物も10cmヒールの靴から合皮の安いペッタンコ靴に履き替える。ヒールの靴は別のビニール袋に入れて、服と共に再び収納した。
漸く、完全に危険が去ったと安心した……が。
「ここ、何処よ…」
宙に浮いていた時、周りには騎士や兵隊といった風体の人々がざっと100人は見えた。木の上に居た時に聴こえた叫ぶ声。
『《神子様》は青色の髪をしているぞ。大きな黒い瞳だ。探せ!』
『七色に輝く衣を纏っているぞ。必ず近くに居るはずだ。捕え、保護せよ!』
自分は《神子様》じゃないけど、特徴が私っぽい。
日本に居る時は…って、日本じゃないでしょ、ここ。ていうか、地球ですらないでしょ多分。あんな人達、今時外国にも居ないわっ。それにしても、森の側なのに臭かった。マイナスイオンは何処行った。
…頭の中に響いたさっきの声がまた聴こえる。
【安全確認。記憶開放。榊心結にカミーユ・カミュを融合します。】
見えない扉が開くのを感じた。
【完了しました。引き続き、特務課任務指令内容の確認をして下さい】
…………………
……………
………
目の前の超絶美形が腰まである金髪を耳に掛ける。エメラルドグリーンの瞳で私を見ながら、厳しい表情をして言う。
「…次の任務先は特殊でね。もし、上手く辿り着けたら任務遂行してほしい。行けなかったら、そのままでいい。
任務は無くなり、一般人同様、地球で修業してくれて構わないから」
「リーヤ課長、言いたい事がわかりません。(なんか凄く嫌な予感がする、わかりたくな~い)」
「口に出さずとも聴こえているよ。…任地は『異世界』言葉のままだよ。辿り着けたら遂行してくれ。異世界に着いたと確認できたら能力使用が承認される。ただし、異界でどの程度使用できるかは現地で実践してもらわないと判らない。
先程言ったが、赴任できなければ通常の修業でよいから」
えっ…本当に?でも請けたくなぁ~い!
「………(コイツは全く。話さなくても聴こえているというのに)
特殊任務課カミーユ・カミュ。異世界で、できる限り悪魔が作ったモノの破壊と浄化を命ずる」
えーっ、その内容を私一人でするの?いくらなんでも無理ですって。リーヤ課長だって同じ条件じゃ厳しいでしょ!!
「…確約はできないがジルとリコルだけでも何とかそちらに応援にむかわせたいとは思っている」
「(ここで妥協するしかないかなぁ。リーヤ課長も頑張ってくれるみたいだもんね)
承知しました。復唱、異世界で悪魔産のモノの破壊と浄化、を拝命しました」
「全部を破壊するなんて無理なのは解っているから、あんまり無茶しないでね。能力使えても無敵じゃないのだから。
任務はあるけど君の人生だ。楽しむことも幸せになることも放棄しないで欲しい」
あ~、有り難くないけど異世界に行けそうな気がする。
…………
…………
戻った記憶に溜息が出る。
「うわぁ~、面倒くさ~い…」
そんな軽い言葉とは裏腹に顔は涙でビショビショになっていた。誰も聞いてないのに一人喋る。
「うっく、うっうっ、おかしいと思ったのよ。…ひっく、何だか引越したほうが…いい様な気がして、荷造りしてたんだもん。…うっうっ、えっく……何も言えなかったよ。…ひっく…部屋、片付いているから、失踪か自殺って、思われちゃうかな。…えっく、えっく。こんな急だなんて。もー!あー!
ああ、どうしよう。明日ご予約のお客様にも連絡できないじゃん。…うっうっ……」
今は泣く事しかできない。泣くだけ泣いて切り替えよう。「リーヤ課長のばーか・鬼・悪魔・鬼畜・どS」と罵ってみる。青筋をたてているリーヤ課長の顔が思い浮かぶ。…ちょっと笑えた。
どの能力が使えるのか…。
さっき『瞬間移動』が使えた。『空間収納』も使えた。
空は…飛べない。透明にも…なれない。変身…できない。感覚強化・身体強化…できない。
あ、対悪魔なんだから『浄化』!!…良かった~、出来る。
解毒…怖くて試せない。できないと思っておこう。治癒…わかんないから怪我には気をつけよう。あ、火!風!…出ない。…攻撃手段がないかも?…水!…おっ、『聖水』が出た。『言語変換機能、自動翻訳』使えるのかなぁ…。
短い時間だったけど疲れてしまった私は木の上にテレポートして、空間収納を応用して作った使い慣れている自室に入って横になった。
【宇宙の理】を統べる世界に於いて、地球よりずっと若いその星には、まだ正式な名称はなく、未だ仮称として『異世界・異界』と呼ばれている。
地球上の魂は異世界への転生輪廻に組み込み許可が出ていない為、異世界への生まれ変わりは出来ない。
悪魔達はまだ経験の浅い魂も多い異世界への侵攻の方が容易いと判断し悪事を重ねる事にした様だった。
『異世界あの世』では対応できる者が『地球あの世』より少なく、対悪魔に苦戦していた。特務課に応援要請がきていたが、異世界に向うことすらままならず、悪魔が作ったモノに引っ掛かるのを待つ運頼みの状態で手をこまねいていた。