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偽る者  作者: 雪 渓
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The past story -third episode-1-




 また、夢がやってきた。これは多分、この間の続き……。




 ◆◇   ◆◇   ◆◇




 俺は目を固く閉じて黒い鞭が叩きつけられるのを待った。けれどいくら待っても衝撃はやってこなかった。そのかわりに、俺の後ろで巨大な爆発音がした。自分の体は砕け散ったのではないかと思ったけど、それは違っていた。

「まったく、世話の焼ける奴らだ」

 真っ暗な物体の鞭攻撃から俺を守ったのは、優香姉さんのもとへ行けといった所長だった。だが、その眼は禍々しく姿を変えてしまった優香姉さんの方を向いていて、俺のことなど視界入っていないようだった。

「落ち着け、優香。訓練はまだ終わっていない。早くその武装を解除しろ。さもなくば……」

 そこまで言うと、所長は近くに立ち尽くしていた俺をつかんで自分の方へ引き寄せた。

こいつを殺すぞ」

 その瞬間。

 ――――コウヲ……ハナセ。

 というかすれ声と同時に、黒い物体が蠢いたように見えた。黒い物体となってしまった姉さんも、ただそこにいるだけのはずなのに、俺の目には見えない場所で、二人の間になんらかの応酬が猛烈に繰り広げられているように思えた。

 もちろん、魔法についての才覚が全くない俺には、それをたとえ微細な違和感とさえも感じ取ることはできない。いや、()()()()()()()()()

 俺はこの時、変な感覚に襲われた。この世界の色が、黒と白だけになってしまうような感覚に。それでも、俺は平静を装った。もっとも、所長は俺のことなんか気にも留めていないようだった。

「無駄だ。お前は俺を殺すことはできない。早く武装を解け。そして、訓練に戻れ。今ならまだ許してやる」

「所長……お姉ちゃんは、まだ助かるの?」

 がっしりと所長に捕らえられたまま、そう聞いてみたけれど、所長は俺を無視した。

 さっき、姉さんのことをもう助からないといったくせに、今は訓練に戻れというのか。それに対する怒りと、けれども優香姉さんが死なないかもしれないという、ちょっとだけ見えた光に、俺は希望を抱かざるを得なかった。所長はそんな俺のことなんかお構いなしに優香姉さんの方を見つめていた。

「もう一度だけ言おう。早く、武装を解け」

 所長はそう言ったけど、その目線の先にある黒い物体は、ちょうど人間くらいの大きさの、黒い卵のような姿に形を変えた。その変化を凝視していると、黒い物体の奥に、「姉さんの形をした点の集合体」がうっすらと透けて見えた。ここで初めて、俺は目の前で蠢く黒いもの自体が優香姉さんなのではなく、優香姉さんが身にまとっている物が、この黒い物体なのだということに気がついた。

「形態変化か。だいぶ、暗黒物質ダークマターを使いこなせるようになったみたいだな」

『コウヲ、ナハセ!!』

「あっ……」

 今度は、卵の一部が無数に盛り上がり、それがちぎれて黒い弾丸となって飛んできた。そして、今度はその迫ってくる弾丸がはっきりと()()()

 そう。見えたのだ。いや、見えたというよりは「存在を認知した」と言った方がいいのかもしれない。さっきから俺を襲い続けているおかしな変化のせいで、俺の視界には、白黒の小さな点で作られた、ドット絵みたいな世界が映っていた。

 そのせいでか。卵型になった優香姉さんも、所長も、そして自分の姿でさえも、輪郭を持ったドットの集合体としてしか認識できなかった。

 けれどそれには新たな発見もあった。視界の中に、幾つかの点の集合体が俺と所長の周りを取り巻いているのが見えた。きっと、さっきの攻撃も、これが優香姉さんの攻撃から俺を守ってくれたんだろう。

 その予想通り、先ほどの優香姉さんの撃った弾丸は、俺たちの周りで回っている点の集合にはじき落とされてしまった。

『紅ヲ、ハナセェェェ!!!!!』

 弾丸は効かないと悟った姉さんは、その叫び声とともに、無数の鞭をこちらに向けて放った。だが、またしても所長はそれらを払い落とした。

 モノクロの世界の中で交わされる高速の応酬を、俺は不思議な力でずっと見続けていた。

「もう終わりだ」

 所長がそういったとき、優香姉さんから延びていた無数の鞭が、こちらを襲うたびに跳ね飛んで行き、魔法によって幻子を収束させて作った黒い塊は、すぐに散り散りに霧散した。そして今度は逆に、所長の周りを守っていた幻子が輝きを増し、所長と体をつかまれた俺の周りに白い光がばらまかれた。

「集え」

 そして所長の一言を合図に、光は俺たちの目の前で見る間に収束していく。幻子世界の中でも白色をしたその光は、どこかに突き進んでいくために集まったようで…………そこまで気が付いて、俺はハッとしたように所長の手からもがれようと暴れだした。

「だめ!!!!」

 俺に邪魔されたためか、一点に集まった光は黒い卵を掠めただけだった。本体に当たれば、姉さんは死んでいたかもしれない。俺が安心したのもつかの間、すぐに優香姉さんに変化が訪れた。纏っていた黒い殻がボロボロと崩れ始めたのだ。

「ナンデ………」

 姉さんの声は、唖然としているようだった。対して、所長はフッと笑った。

「忘れたのか?」

 取り囲っていた黒い殻が完全になくなり、訓練服姿となった姉さんは、それでもキッと所長を睨み付けた。

「そんな目をしても無駄だ。私の属性は光。闇と光は力が等しければ互いに対等な立場となるが、均衡が崩れればその有利不利はすぐにどちらかに傾く」

 所長が一歩前に出た。

「今お前の魔法が私に全く通用しないのは、ただお前が弱いからだ」

 そして、もう一歩前に出た。

「まったく、この程度の耐久性では話にならん。お前たちの遺伝子情報はすでにバックアップ済みだ。もう少しすれば優秀な遺伝子の開発も成功するだろう」

 なんとも言えぬ気味の悪い笑みで、所長は笑った。そして、右手をおもむろに優香姉さんに向けた。カードにさわっていないのに、右手の周りで幻子がゆっくりと動くのが見えた。

「お前たちの兄弟はたしかに優秀だったが、故にデータが少なかった。それに、もう自我が芽生えている。自我を持った道具ほど扱いづらいものはない」

 所長がそういっているうちに、幻子が動いているだけでなく、右手に、集まっていっていることがわかった。

「だから悪いが……」

(またあれを打つのか!!)

 あれに姉さんが撃ち抜かれるところなんか、見たくなかった。

「来ちゃダメ!!」

 俺は所長と姉さんとの間に飛び出した。

「……ここで消えてもらおう」

 二つの言葉が交錯したのが聞こえたかと思うと、俺のモノクロの視界は真っ黒に染まった。








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