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偽る者  作者: 雪 渓
16/19

当日の朝

   ◆◇ ◆◇ ◆◇



 一日はすぐに過ぎ、三日目の夜もすぐに過ぎた。

 それからの数日も、研究所からの詮索を受けている気配はなく、この日のような嫌な汗をかくこともなく、着実に準備を進めていった。

 そして俺たちは、当日の朝を迎えることとなった。



   ◆◇ ◆◇ ◆◇



 今日で、平穏な一日も終わりだ。目が覚めて始めに思ったのはこの事だった。思い返せば、一週間、いろんなことがあった。

 けれど、今日の夜が明ければ、俺たちは闇に紛れて生きることになる。そして、運が悪ければ命を失うかもしれない。もちろん、そうならないための策はいくつも考えてある。

 下に降りて、いつものように美咲と雑談しながら朝食をとる。

「今日、行くんですね」

「ああ。お母さんもこれ以上はのばせられないだろ?」

 何事も起こらなかったのは、奇跡だと言えよう。

「なんだか、この一週間が夢みたいでした」

 たしかに、起こることすべてが非日常だったかもしれない。

「でも、勝負は一瞬だから」

「え?」

「今日の戦いは、一瞬が一番大事な戦いになるんだ。もちろんそれから後も気を抜いちゃだめだけどね」

 目指すは、研究所の最深部にあるみんなの魂とも言えるもの。それさえ手にはいれば、目的は達成だ。研究所の破壊も、それさえできれば難しくない。

「それ、まだ聞いてないんですけど……」

 不満そうにする美咲に俺は軽く笑った。

「この要になる作戦の方は、夜にまた話すから」

「それならいいですけど」

 おいしい朝食を食べ終えると、食器を片付けて二階の部屋に戻った。そして、いつもやっているようにその真ん中に座って裏世界リュナルに意識を集中した。

(心眼マインズ・アイ)

 心の中でそう呟くと、俺の中に第三の目とも言うべき新しい視覚が生まれ、少しずつ仮想世界リュナルが視えてきた。そして、その意識を研究所の方に飛ばした。

 俺が意識を飛ばした暁研究所は、美咲の家の二階の窓からも遠めに見える距離にあるから、そこまで行くことにはそれほど難しくはない。だが、建物の周りには何重にも魔法的な罠が仕掛けてあって、研究所の内情を知ることは、幻術をつかっていろいろなものを欺いている俺でも簡単なことではない。

 今俺が研究所を視ている仕組みというのは、今俺たちが生きている世界である現世ソルラの物質を、現世ソルラと同じ座標に存在している裏世界、仮想世界リュナルにある幻子を観察することで成り立っている。幻子は、現世ソルラと同じ座標に存在してるため、たとえば、現世ソルラに机があるとしたら、裏世界リュナルにもその机と同じ場所に同じだけの幻子が存在している。

 幻子に意思は無いと考えられていて、現世ソルラでの物質の動きにつられて仮想世界リュナルでは幻子が動いている。ただ、ここからもわかるように幻子は現世ソルラに作用されやすいい質を持ち、逆もまたしかりだ。さらに、幻子は同時に独特の力を持っている。幻子には原子と同じようにいくつかの種類が存在し、その種類ごとに違った性質がある。それをある形式に則って配列することで反応するのだ。そして、現世で起こったことが仮想世界に影響を与えるように、仮想世界で起こったことも、現世に影響を与える。これを利用したのが「魔法」だ。それと、俺が発見したこととして、幻子にはそれぞれに特性があると同時に、共通した性質があって、それが物事を欺くことだった。そして、これを利用したのが、俺の使っている「幻術」だ。

 ところで、現世と仮想世界が表裏一体でつながっているという理論から考えると、仮想世界リュナルの側から現世ソルラを視るにしても、現世にある俺の本体は仮想世界で俺が目標物体を見ている座標になければならないということになる。だが、今俺の使っている「心眼マインズ・アイ」は、視力によって視るのではなく、幻子の世界を色々な視点から客観的に観察するという幻術だ。目が良い悪いではなく、幻子を感じ取れるか否かの問題だ。そして、俺の幻子を感じ取る力は強い。だから、俺自身が美咲の家の一室にいたとしても、目視できる距離にある暁研究所を視ること自体は通常難しくない。

(ただ、トラップが邪魔なんだよなぁ)

 罠は、魔法的なもので作られている。それは、物質が通常と違う幻子配列になっているというわけで、幻子を視ることで実際の世界を偵察している俺にとっては邪魔なだけだった。

 それでも、見誤らないように、ゆっくりと偵察を続けていく。

 この一週間で上がった偵察の結果は、とりあえず三つ。

 一つ目は、研究所は全十三階層で地上に二階、地下に十一階の構造をしていて、一般的な研究は地上の階で、暗い闇の部分。つまり、世間的に知られてはいけない研究は地下の階でなされていること。

 二つ目は、研究所は小高い丘の上にあるけど、地下十一階は、ほぼ海抜0メートル地点で、これは市街地の海抜とも一致すること。どちらかというとこっちの方が大事だけど、地下の部屋は各階の中心にエレベーターのようなものがついていて、地下九階まではそれで行けること。

 三つ目は、エレベーターでいくことのできない地下十階と十一階には、それぞれ研究資料を保管する場らしい。そして、俺が探していたものは、最深部の地下十一階にちゃんと実在していたこと。

 という三つだ。最深部の部屋には、一般的な成人男性ほどの大きさの直方体が六つ、扇状に配置され、扇の根元に当たる部分に、台が置かれている。その中にある「あるもの」を俺は探していた。そして、これは、研究所の最高傑作であると同時に、俺の存在――正確には、幻子への干渉能力。がなければまったく意味をなさないという代物だ。

 今まで求めてきたものが、ちゃんとそこに存在していたことに俺は、安堵していた。研究所に攻め入ることが、「研究機関を壊してちょっと計画を遅らせる」程度で終わることでは割に合わない。どうせなら、完全に研究所としての機能を停止させるか、少なくとも今までの研究結果を無に帰すくらいはしなければならないだろう。

 研究所の地下一階から九階で行われている実験は、いまだに「人間の透明化」のようであった。本当にばかばかしい。

 昨日まで視てきたものに引き続いて研究所を隈なく見回ってから、俺は研究所から美咲の家の方にゆっくりと視界を移してゆき、家の周辺でおかしな動きが無いかを詮索していく。そして、異常が無いことを確認し終えると術を解いた。

「さて、と」

 時計を見ると十二時前。もうすぐ昼だ。昼食を食べたあとは、今夜のための準備の最終確認をして、寝ることにしている。

 念のため、その準備物の確認をしておく。

 といっても、今回の作戦の都合上、手持ちの装備はできるだけコンパクトにまとめ、質量的に小さい方がいいわけで、それほどたくさん準備物があるわけではない。ちょうど確認し終え、一週間お世話になった部屋の片付けをしていると、一階の美咲から声がかかった。

「先輩、ごはんできましたよ~!」

 どうやら、最後の昼食ができたようだった。やることは終わったし、待たせるわけにはいかないからすぐにリビングに降りる。部屋にはいると、できたての昼食の香りが鼻腔をついた。

「美咲、ありがとう」

「このくらい当たり前ですよ」

 そう言って、美咲は笑顔を見せる。美咲は、いつも通り料理をテーブルに並べて席についていた。女の子らしい私服の上には、相変わらずピンクにフリルのエプロンを着ている。

「さ、早く食べましょう」

「そうだな」

 俺も美咲とはの反対側の席につき、いただきますといって箸をとった。時が時だからか、食卓に雑談はなく、刻々と皿の上の料理だけが減っていった。美咲と俺はどちらが早く食べ終えるということもなく、ほぼ同時に最期の一口を口に入れた。

「おいしかったよ」

 何気なく、そうつぶやいた。

「これからも、作りますから」

「え……」

「先輩の顔見てると、なんだか私の作ったご飯食べるの、『この昼食が最後』って思っているように見えるんですもん。それ、なんか嫌じゃないですか」

 そうか。俺はそんなに弱気になっていたのか。

「最初っから負けるつもりなんですか?」

「慰めはもういいよ」

「ご、ごめんなさい」

 美咲は、はっとして俯いてしまった。ああ、そういうつもりで言ったわけじゃないんだ。

「いや、いいんだ。美咲のおかげで俺が弱気になってるのわかったし。それに、朝言ったように、俺だって、玉砕しに行くわけじゃないからな。ちゃんと、逃げる方法も考えてるさ」

 確かに、逃げる分にはあまり心配しなくてもいいんだ。隠密は俺の得意分野でもあるんだから。

「安心しました」

 美咲の笑顔には、よく励まされる。

「それじゃ、俺は夜に備えて寝るから」

「わかりました。私もここを片付けたらそうします」

「悪いな」

 俺はリビングを出て、部屋に戻り、さっき言った通り眠りについた。俺の力じゃ感知はできても物理的攻撃や魔法をはじく結界は作れないから、そこも美咲に任せるを得ない。

 とにかく、布団の中にもぐりこむと、俺はすぐに眠りについた。




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