束の間の
目を覚ますと、嫌な汗をかいていた。
何か、悪い夢でもみていたのか、冬がやって来ているというのにシャツはぐっしょりと濡れていた。暖かいとは言い難いが、とりあえず寒さを凌ぐには事足りる寝袋から這うようにして出て、寝巻きから着替えた。そして、さっき這い出てきた寝袋をたたんで片付けると、幻術で一階に美咲しかいないことを確認して部屋を出た。キッチンを兼ねたリビングからは、いい臭いが漂ってくる。
「おはよう」
「おはようございます」
リビングに入ると、エプロンを着た美咲が料理を作りをする手を止めて挨拶を返した。が、そのエプロンは、ピンクを基調にして所々に小さなハート。そして端には白色のフリルが付いているという、なかなか現役高校生のつけるものには見えない形をしていた。だけど……
「そのエプロン、似合うな」
と、口走ってしまった。普通であれば、高校生にもなってピンクに白フリルというのはかなり無理があるはずだけど、美咲の類いまれな容姿と意外なほどのお花畑な性格上、そこまでの違和感を感じるということなく溶け込んで見えた。逆に、クール系のデザインにして大人っぽくすると、それはそれで本人の雰囲気と反してしまって合わなくなるのかもしれない。良くも悪くも、美咲だからできるファッションということなのだろう。
「先輩、それってほんとに誉めてます? 何か、失礼なこと考えていません?」
などと考えていると、それに感づいたのか、美咲はそういって口をとがらせた。
「ん? いや。そんなことないよ。素直に褒めてるだけだよ?」
特に失礼には当たらないだろう。事実なわけだし。
「ほんとのこと言わないと、朝食抜きにしますよ?」
しかし、美咲には必殺技があるわけで、すでにいい香りが漂って来ている中でこれを言われるとひとたまりもない。できるだけ誠意を見せるよう頑張ってみる。と言っても、よく考えれば女の子はおろか、男子とさえもまともに話すことの少ない人間だ。ちゃんと言い訳がえきるかどうかはわからない。が、フォローを入れるしかないという状況に変わりはない。
「え、いや、ホントに何でもないって。心からだよ心から」
「嘘ついてませんか?」
「ほんとだって。それより、早く朝たべたいんだけど?」
「はぁ、もう仕方がないですね。もう少し待ってください。もうすぐ出来上がりますから」
と、ちゃんとフォローになっているのかどうかはかなり怪しいけど、美咲は朝食を作る方に戻った。
相変わらず、おいしそうなにおいがしていて、それが俺のお腹の減り具合をさらに大きくする。そんなことを思っていると、今、とても平和な時間を過ごしているんだなぁと思えてくる。けど、もう一週間もしないうちにこんな時間ともお別れで、日常はもしかしたら命がなくなってしまうかもしれないという、戦争に移行していく。
「これで良しと」
後姿の美咲が手を腰に当てて満足そうにうなずいた。そして、料理をさらに盛り付け、こちら側に持ってきた。
「はい、お待ちかねの朝ごはんですよ先輩。しっかり味わって食べてください」
「なんか、当たり強くない?」
「気のせいですよ。それより、早くだべちゃいましょ。せっかく作ったのに冷めたらもったいないですよ」
そういうと、美咲はピンクのエプロンを取って俺と反対側の席に着いた。美咲が手を合わせるので、俺もあわてて手をあわせ、食事のあいさつをして箸を手に取った。
「あ~さすが。おいし……」
「ありがとうございます」
美咲のにっこりとほほえむ姿がなんだか、とても尊いものに見えた。戦争は俺の身勝手なのだ。美咲のお母さんに言われた通り、この笑顔は守らなくちゃいけない。俺は改めてそう決意した。
食事を済ませると、皿洗いは機械に任せて自分たちのしなければならならないこと――美咲は武器の手入れや作戦の確認。俺は相手の状況の把握。に戻った。
◆◇ ◆◇ ◆◇
そして、一日はすぐに過ぎ、三日目の夜もすぐに過ぎた。
それからの数日も、研究所からの詮索を受けている気配はなく、この日のような嫌な汗をかくこともなく、着実に準備を進めていった。
そして俺たちは、当日の朝を迎えることとなる。