The past story--second episode--
気が付いたとき、俺は再び夢のなかにいた。
目の前には、優香の部屋のベッドに二人して座っている幼き日の自分と優香姉さんがいる。
(ああ、これは…………)
そこに姉さんはいたけれど、これから何が起こるのかわかったるととても悲しくなった。
「あのね、紅。もう私は、これで最後かもしれないの」
それから、はじまって、二人は言い争いになっていた。優香姉さんはは自分の命を有効に使いたくて、そして、俺はただ純粋に、優香姉さんに死なれるのが嫌で。二人の思いは同じように、相手を愛するがゆえのものであったが、その方法は大きく違う。
けれども、今回は優香姉さんが勝った。俺は下手に出ざるを得なかったし、優香姉さんにはどうしても負けられない理由があったから。
「紅、私がいなくなっても、この言葉だけは覚えていてね」
俺は、泣きじゃくりながら、一生懸命に頷いた。
「『私が死んでも、私たちの魂は生きた者に受け継がれる』わかったわね?」
「うんっ…………ぜったい、に……忘れない、……よ」
優香姉さんの意図した本当の意味までは、この時の紅にはわからななかったけれど、彼女の言葉が本当に重要なものなのだということが、彼にも理解することができた。
しばらくして、二人を実験場に呼ぶ声が聞こえた。
◆◇ ◆◇ ◆◇
失敗に失敗を重ねながらも、「訓練」という皮を被った実験は一歩づつ進んでいた。けれども、俺はこの実験における本当の目的と、その手段を全く知らなかった。
◆◇ ◆◇ ◆◇
二人はそれぞれに用意された個室に入れられた。この部屋に連れてこられたのは、あの日が初めてだった。部屋の中は意外に広く、さまざまなデータを取るための器具が備えられていた。性能だけを重視して整備された電子機器は、さまざまな方向に向かってコードを伸ばしていて気持ちが悪かった。
(あ……)
正面にある巨大なモニターの向こう側に、優香姉さんがいた。こちらに気が付いたのだろうか、疲れた顔で精一杯の作り笑いを浮かべていた。それが、どこか遠くの人のように見えて、確か俺は、泣きそうになっていた。
研究員の一人に促されて、台座に座った。すぐに、全身に実験器具を取り付けられた。
「では、実験を開始する」
世界各国で、何千、何万と試行されながらも、一件の成功例も存在しない「魔法能力の移植」という実験がまた、始まった。
「術式を展開しろ」
『了解。術式を展開します』
モニターの向こう側にいる優香姉さんは、そう言って手元にあった「カード」に触れた。普通の「カード」の倍以上の大きさを誇るそれには、普通の魔術師には処理しきれない量の魔法式が埋め込まれている。
魔法の使用には、精神的な疲労を伴う。脳にある神経の使いすぎに由来するものである。また、蓄積する疲労は、当然のことながら魔法発動の際に処理すべき情報量に比例し、しかも加速度的に増えていく。
だから、現在の実験で使用されている魔法が人に与える影響は、決して小さくはない。それが、毎日のように続いていればなおのことでだ。
『暁式-移転第三段階-を発動します』
機械を通した優香姉さんの無機質な声が響き、タイムラグ無しに魔法が発動された--その時。姉さんを写し出すモニターが、闇に包まれた。
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
そして、かろうじて生き残ったと思われる音声データから絶叫が鳴り響いた。が、それもすぐにパチンという音とともに消えた。かわりに、研究所を大きな揺れが襲った。揺れは収まる様子もなく、断続的に続いた。
ここの研究所の所長であり、今回の実験を自ら管理している結城は、これまでと同じように、優香姉さんが暴走していると確信していたのだろう。もともと、使えなくなった者はすぐに捨てるというのがここのやり方で、所長が、それを推し進める側の人間だったことも大きい。判断は早かった。
「訓練は失敗だ。処理班」
「はっ!」
すぐそばに控えていた者たちが、短く返事をした。
「優香の暴走を止めろ。今まで彼女がしてきたのと同じように。俺は、データをとる」
「了解」
「まってよ!!」
悲痛な声をあげたのは、やはり悲愴な顔をした俺だった。
「お姉ちゃんは、どうなっちゃうの!!」
「優香はもう助からん」
「なら、僕も死ぬ!! お姉ちゃんのいないところで、生きる意味なんかない!!」
結城は、このときめんどくさそうだった。
「なら、おまえも行け。すべての苦悩を一身に背負った愚かな姉の最後を見届けろ」
このとき俺は、まさか優香姉さんのもとへ行ってもいいと言われるとは思っていなかった。けれどこれも含めて所長の思惑通りだったとは、思いもしなかった。
◆◇ ◆◇ ◆◇
部屋の扉を手で開けると、黒い物体が形無き形となって荒れ狂っていた。俺は、真っ赤に染め上げられた部屋の中を見て、顔を蒼くした。ぶちまけられた臓器と、それらの衣服だったものは、どう見ても一人分の量ではない。でも逆に、それは俺にとってうれしいことだった。
「姉さん!! 姉さんなんだね!!」
優香姉さんは生きている。そう思って、俺は、身をうねらせる黒い物体に向かって叫んでいた。あの黒い物体こそが、姉なのだと。
この部屋散らばっているのは、恐らく、彼女が暴走したときに止めるための監視者のものだろう。そして、それが死んでいるということは、それを殺したと考えられるのは優香姉さんしかいなかった。
同時に、姉の暴走を止められるのは自分しかいない。あの時の俺は、そう思っていた。そうとしか思えなかった。
「姉さん、今助けるからね!!!!」
俺は、走り出した。
それと同時に、黒い物体は耳を劈く金切声とともに、その一部を鞭のようにしならせて襲ってきた。
(えっ……)
声に出すひっもなかった。姉さんが自分を攻撃してくるなんて思ってもいなかった。そして、非力な俺は、その攻撃を自分で止められるだけの力もなかった。情けないことに、この時俺の全てが停止していた。走る足も、思考も、呼吸すらも止めて、己に迫ってくる凶器に自分の体が引き裂かれるのをただ待つことしかできなかった。
「この役立たずが」
そして、そんな言葉が聞こえた時には、俺はギュっと目をつむって、恐ろしい衝撃が襲ってくるのを待つことしかできないでいた。