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偽る者  作者: 雪 渓
12/19

The past story--first episode--

 おぼろげな世界だ。仮想世界リュナルよりも、もっと。



   ◆◇ ◆◇ ◆◇



かなで私のお菓子とってない?」

「いや、とってないよ」

 あれ、ここは……どこだ? 

「嘘はだめよ、奏。わたし、ここにおいてたんだから」

 あれ、あれは、優香姉さんじゃないか。ということは、ここは暁研究所、か。

「え、こうじゃないの?」

「ぼ、僕じゃないよ!」

 あれは、俺か。いつのことだろう、これ。なんか、遠い、昔の思い出。

「紅がそんなことするわけないじゃない。奏、あなたしかいないの」

「だから~、知るかって。だって俺、とってないし。絶対取ってないし」

「まさか、もう『だって食べたんだもん』とか言わないでしょうね?」

「え、ああ。そ、そんなわけないじゃん。あはは~」

「奏兄さん。図星?」

「う、うるさい!」

「か~な~で~。食べ物の恨みは怖いわよ?」

 思わず、笑ってしまった。追い回される奏兄さん。追いかける優香姉さん、そして、それを黙ってみている、俺。

 久しぶりだね、奏兄さん。優香姉さん。けどあとの四人はどうしたんだろ。



 そうやって何も思わずに成り行きをぼんやりと眺めていると、突然視界は暗くなった。



 しばらくして、再び光が強くなる。今度は、なんだろう。

 ――――えっ。

 優香姉さんが、泣いていた。どうしてだろう。理由は、分からない。

 俺は、ただじっと、そんな姉さんの近くに立っているだけだった。

「私のせいだ……私が……私が弱いからだ…………」

 姉さんは泣いていた。何をしているんだ、俺。何か、言えよ。優香姉さんを慰めろよ。なんで泣いてるのかわからないけど、何をしなくちゃいけないのかはわからないのかもしれないけど、何か、せめて一言。何か言ってあげろよ。姉さんを、悲しませるなよ。

「ごめんね、奏……結局姉ちゃん、何もしてあげられなかったよ……」

 嗚咽交じりのその言葉に、小さな俺は、何もできずに突っ立ていた。



 暗転。明転。また、舞台が移った。



「姉さん。俺は、反対だよ」

 今度は、俺がしゃべっていた。向かい合ってるのは、優香姉さんだった。

「こんなのは、無茶苦茶だ。訓練じゃない。実験だ。それに、これ以上姉さんの悲しむ顔見たくない」

「でもね、紅。こうするしかないの……」

「……それは、僕たちが実験体だから?」

「紅……話を聞いて」

「それとも、俺だけが魔法を使えないから?」

 ああ、そうだ。奏兄さんも、優香姉さんも。それに、ほかのみんなも、とても有能な、すばらしい魔法師だった。

「いくら姉さんがすごくても、他人に魔法力を渡すことはできない。無理なんだよ!」

 そう、それに、なんとなくだけど気づきかけていたんだ。自分には魔法の素質じゃなくて、まったく別の何か入っているんだってこと。たぶん、そいつのせいで魔法が使えないんじゃないかってこと。今になってみれば、それは大きな勘違いだったけど。

「だけどね、もし一握りでも希望があるなら、それにかけて見たいの。開発局の人も言ってたでしょ。可能性は低くないんだって」

「でも……」

「でもじゃないわよ。そうしなくちゃいけないの」

 優香姉さんの顔は笑っていた。まるで、自分の弟をなだめるように。



 そしてまた、あたりが暗くなった。どうしてかな。一度あったこと。わかってる。次に来るのは、きっと……。



 ここは、俺の部屋だな。真っ白な部屋。言えば好きなものが手に入ったけど、好きなものはあまりなかったから、この部屋には家具がほとんどない。そんな数少ない家具であるベットの上に、小さな俺と優香さんが座っていた。

「紅、分かってくれた?」

「姉さん。本気なの?」

「ええ、本気よ。紅に、私の力を上げたいもの。どんなに苦しくてもね。だって、私がいなくなったら、紅は一人ぼっちだもん。このままじゃあ、ここでは生きていけないかもしれない」

「僕らは死ぬまで実験体だよ。そもそも、ここで僕が生きている時点で、研究の価値がある。この暁研究所がどれだけ合理主義だといっても、馬鹿じゃない。データをとれるのら、一切の取りこぼしもしないように行うと思うよ」

「そうかな?」 

 姉さんの表情はあっけらかんとしていた。けれど、それは、無理に平然を保とうともしているようにも見えた。

「もし、中学生に入るような年になっても、高校生になるような年になっても、魔法が使えなかったら、ただの人だってなったら、もうその時、紅はここにはいれないかもしれない」

「…………」

 小さな俺の、困った顔が見えた。

「…………わかった」

「そう、よかった」

 優香姉さんの顔は明るかった。安心したようだった。

「けど!」

「ん?」

「けど、無理はしないで……絶対に」

 にっこりと、笑った。脳裏に焼き付いた。

「わかってるわよ」

 そこに、一つ時の闇が差し込まれているのも。



 視界はだんだんと薄く、遠くなっていった。



 そして、訓練という名目で、実験は始まっていた。もうすでに、数か月は経っているだろう。

 この研究所の初めの目的は「透明人間の作製」

 けれど、予想外に有能な人材が生まれてきてしまったこと。そして、ほぼ同じ遺伝子にも関わらず、まったく魔法の使えない魔級Z(落ちこぼれ)がうまれてきたことで、一時的に別の企画を発動させた。

 今は、実験室の中。たくさんの電子機器に包まれた小さな俺と優香姉さん。

 定期的に絶叫が聞こえる。そんなことはなかったけれど、優香姉さん歯を食いしばっていた。ときに、小さな嗚咽が耳を抉る。表情はだいぶやつれていた。

「今日は、ここで終わりだ」

「わかりました」

 身に着けた電子機器を取って、優香姉さんは立ち上がった。けれど、一歩踏み出したところでふらっと、揺れた。

「ねえさん!」

 それを、同じく起き上がっていた小さな俺が抱き留めていた。

「紅、ありがとね」

「ねえさん、無理しちゃダメだって、言ったじゃん」

「いやいや、まだ大丈夫だって。ずっと座ってたからすぐには歩けなかっただけよ。ほら、もう歩ける」

 たしかに、優香姉さんはもう普通に立っていた。とくに、危なっかしげな部分はない。

「まったく、人騒がせなんだからさ」

 小さな俺も、その様子を見て笑った。無理をしているとしか言えない笑みで。

「優香、紅だけじゃなく、俺たちも心配してるんだぞ。最近、すこしやりすぎじゃあないか?」

 そういったのは、あの男だった。暁研究所所長、結城正博。俺たちを生んだ、地球上に存在たらしめた、この研究所のトップ。

「いえ、大丈夫ですよ」

 優香姉さんは笑っていた。でも、それが強がりで、仮面であることはすぐにわかる。

「それじゃ、紅。行きましょう」

 優香姉さんは歩いて行った。後ろに、小さな俺がついて行った。後ろをついて行ったのが研究員じゃなくて俺だったというは、これが日常化していたというのは、所長である結城の考えに基づくものだったのだろう。

 ――俺を、優香姉さんを、安心させようという

 当然それは、実験データを取りやすくするという事にもつながるのだから。


 こんどは、視界は暗くならなかった。ただ、二人の後ろを追いかけていた。


 そして、優香姉さんの部屋についた。

 二人で、またベットの上で横に座っていた。

「紅……私ね……」

「うん」

「もう、だめかもしれない」

「なにが?」

「もう、死んじゃうかもしれない」

 小さな僕は、はっとした。そして、急いで口を開いた。

「やめてよ。そんなわけないじゃん。だって、姉さんは僕よりもずっと強いんだよ。すごい魔法師なんだもん」

「そうね。だけど、そんなことは関係ない。私は作られた人間だから」

「そんなこと、言わないでよ」

「さすがにわかるわよ。私たちの存在自体に問題があるの。だから、これは寿命。悪いのは研究所じゃない。でもね、もし私がいなくなったとしても、どうか、生きて。絶対に、自分から死ぬようなまねはしないでね」

 そこには、悲しい響きがあった。

「これは、約束よ?」

 優香姉さん自身が、もう死んでしまうというような。けど、だからこそ、小さな俺は、こう答えるしかなかった。

「わかった。絶対に、生きる」

 と。

「よかった、それじゃあ、もうひとつだけ、言っておきたいことがあるんだけど、聞いてくれる?」

「うん」

「それはね……私が、紅のことが好きだってこと。大好きだってこと」

「それって……」

「うん。告白に、なっちゃうのかな?」

 優香姉さんは笑っていた。ささやかな、笑みだった。

「ぼ、僕も、姉さんのこと好きだよ!!大好きだよ!!」

「ありがとね」

 俯いた。今度は打って変って、絞り出すような声だった。

「ずっとね、みんなを守ってあげなきゃって思ってたんだよ。みんな、私の妹で、弟だったから。けどね、やっぱりだめだったの。みんな、みんな――――」

「…………」

「みんな死んでいっちゃった。わたしが。私が守ってあげなくちゃいけなかったったのに」

 悲痛だった。優香姉さんが自分で自分に課していたことを知っていたから。ひとり。ひとりといなくなっていくときに、どれだけ悲しんでいたのか。苦しんでいたのかを覚えていたから。

「だって、だって。…………わたし、お姉ちゃんだから」

 滴が、零れ落ちた。真っ白な頬を伝って、膝の上でギュッと握りしめた両手の上に。今までずっと我慢してきたこと。絶対に吐き出したくなかった、自分が抱えてきたもの。耐えて、耐えて、堰き止めてきたものが、ついにあふれ出した。それは、止まることを知らず、一つ、また一つ零れ落ちていく。

「でもね、紅がいてくれたから。甘えんぼさんで、いつも私と一緒にいてくれたから。こんな私を頼ってくれたから。頑張ってこれたんだよ」

「姉さん」

 涙を拭った、真っ赤になった顔を、必死になって幸せで染め上げた。ぎこちないけれど、嘘でも、強がりでも、何でもない。きっとその時にできた、最高の笑顔だった。

「だからね、紅、大好きだよ。これまでも、これからも、永遠に」



 ――――そこで、真っ暗になった。








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