第7回 守護者2
「おい、幕僚長、うちは大丈夫なんやろな?」
「総監、ご安心ください。福知山から陸自の7普連(第7普通科連隊)の1個中隊が基地警備増援のため到着しております。」
「やっときたか....、で艦の出港状況は?」
「総監のご命令通り最低限の乗組員が集まった艦から出港させておりますが、ドック入りを除いても4割程度は残っております。」
「小座(幕僚長の名前)、はよぅ急がせろ!。東日本大震災の時の横須賀を越えろ!。1隻でも多く使えるようにせなあかんぞっ!」
「了解しました!。」
「SF(自衛艦隊司令部)から命令は来るし、怪物は仰山おるし。まったく、どないなっとんねん」
「いまのところ京都府内において発生は確認されておりません。」
「小座、今起きなくても5分後起きないとは限らんのとちゃうか?」
「仰る通りです。」
「とりあえず急がせるんや。全部でとぅ後に襲撃されとぅも、艦さえ無事ならそれでえぇ。陸自はんは折り合い見てヘリで洋上に移動してもらえばえぇ。小座、「ひゅうが」だけは絶対だぞ」
「「ひゅうが」は既に出港しました。ご安心を。」
「ならえぇ」
9月2日 09:25
「両舷前進第3戦速、針路このまま」
海上自衛隊第1護衛隊群第5護衛隊所属、汎用護衛艦「あきづき」(DD-115)は現在対馬海峡を北上しつつあった。
政府発表と自衛艦隊司令部(SF)からの通達で状況はある程度解っている。そしてSFから命じられた任務は「舞鶴地方総監指揮の元、海上保安庁と協同した上で「朝鮮半島方向より我ヶ国に向けて接近する船舶全てを臨検し、拒否する場合は撃沈せよ」」であった。
拒否したい気分であったが、「あきづき」艦長は命令の「意味」を受諾、日本国と国民を守り、付託に答えるため任務を全うする決心をした。事前に乗組員には説明もした。その上で「全責任は自分にあり、もし今後我々、ひいては海自の行動が非難されようとも任務を全うしなければならない」と訓示した。
そして、早速哨戒ヘリ(SH-60K「シーホーク」)が目標発見の報を寄越した。目標は漁船とおもしき木造船舶。
報告を受けて現場に急行すると艦橋見張り員が「目標確認」を報告。と同時に対水上レーダーに目標船舶が映った。やはり、波と「木造」であることにより映りが悪い。
「艦長より達する。命令通り第1分隊は臨検に備え装備を用意せよ。臨検用意!」とCIC(戦闘指揮所)から命ずると、瞬時に短調な鐘の音が10秒ほど艦内に流れ臨検部署発動を知らせる哨戒長の声が響き渡った。
3分後、第1分隊所属の8名の砲雷科(主に砲、誘導弾、魚雷などの武器管制担当)要員が第1甲板に整列。艦の左舷後方の後部艦橋に設置されている複合型作業艇(RHIB)が第1甲板と同じ高さまで下ろされる。もちろん艦は両舷停止を行い、艦は波以外の一切の行動原理を停止させている。その複合艇に搭乗している第1分隊臨検要員の武装は2名が9ミリ機かん拳銃、分隊長を含めた6名が9ミリ拳銃で武装している。そして、それを見守る「あきづき」艦橋には12.7ミリ機関銃(M2)が1基ずつ両舷に設置され、ミニミ軽機関銃で武装した3名の砲雷科員が左舷側に並ぶ。と、同時に前部CIWS(高性能20ミリ機関砲)と主砲(5インチ砲)が左舷側に浮かぶ目標を睨む。後部CIWSは後方警戒のため、そのままだ。対象船舶上空には「あきづき」艦載のシーホークが舞い、中の機上員は74式7.62ミリ機関銃を構える。対象船舶の大きさは500トンクラスか。暗く中がよく見えない船橋がなんとも不気味だ。
と、そのシーホークの遥か上空には航空自衛隊浜松基地より飛来した第602飛行隊所属のE-767AWACSが上空を絶え間なく監視していた。AWACS搭載の直径9.14メートルに及ぶ巨大なレーダーには、北方には八戸から、南方には鹿屋や那覇から飛来した海自所属のP-3C「オライオン」哨戒機や三沢、小松、築城などの各基地から飛来したであろう空自機の姿が捉えられていた。AWACSは監視だけでなく、それら数多くの「味方機」の航空誘導を行っていた。そして、それらの間を飛ぶ民間機を監視しつつ「自衛隊機」を近づけないように警戒していた。いくら優先権がこちらにあるとはいえ、速度差を考えるとこちらが避ける他なかった。
そして、イージス艦搭載のSPYレーダー程ではないにしろ優秀な「あきづき」のFPS-3レーダーにはそれらの機影が捉えられていた。そして対水上レーダーには対象船舶のほかに、「あきづき」を離れて目標船舶への接岸に向けて最大戦速で接近する複合艇ともう1隻....海上保安庁巡視船の船影を捉えた。
その「あきづき」に捉えられていた船舶は、第7管区海上保安部所属高速特殊警備船(=要は「物凄く速い船」)「ほうおう」(PS-206)が対象船舶への肉薄を慣行していた。見張り員が「異常」を確認したのだ。その疑惑は確信に代わり乗組員を戦慄させた。
「ほうおう」は霧笛を鳴らすと高速型複合艇に向けて最大戦速で向かい始めた。「ほうおう」の煙突から黒煙が上がる。海上保安庁と海上自衛隊を結ぶ固定的な連絡手段はない。こちらが無線の周波数を合わせるか手旗信号でも使うか。しかし「ほうおう」船長は霧笛を鳴らしながら「あきづき」複合艇に接近することを選んだ。
「ほうおう」は、あと少しで対象船舶に乗り込めるぐらいの距離の複合艇に向けて体当たりしてくる勢いで対象船舶と複合艇の間に無理矢理割り込んだ。高速型複合艇の臨検要員に海水が掛かる。そして「ほうおう」と強かに複合艇がぶつかる。
「あきづき」側としては「なにやってんだ!?」となるから注目する訳で...。もちろん、艦長指示で「あきづき」臨検要員は複合艇に搭乗したまま海面に待機することにした。そして「ほうおう」が複合艇に近づく。
「ほうおう」との意志疎通が取れるより、目標船舶の艦橋内部が観測できるほど低く飛行したシーホークからの報告が早かった。
「艦橋内部に「感染者」とおもしき姿と、大量の血痕を確認。「汚染」されていると考察される」
この報告を受けて「あきづき」艦長は臨検要員の帰艦と「ほうおう」に向けて「最大限の感謝の意思」を伝えるように指示した。また舞鶴地方総監に対処指示を求めるように、とも。
指示は僅か30秒で帰ってきた。速やかに「水上戦闘用意」を発令する。
3分後、効率よく被害を与えるために算定された位置に向けて「あきづき」5インチ砲が向けられた。旋回角度良し、仰角良し、砲弾装填良し、主砲付近の状況良し、射撃用意良し。
「撃ちぃ方ぁ始め~」と海自独特の言い方とともに艦長自ら命令を放つ。
「撃ちぃ方ぁ始め~」と砲雷長の復唱。
「撃ちぃ方ぁ始め~」とガンナー(射撃手)である砲術士が電子情報盤の机の下にある青く小さなピストルの様な形をした物を取り上げ、引き金に指をかける。そして、引き金を引く前に彼は静かに宣言した。
「発砲」。
「ドンッ!」と5インチ砲の長い砲身から飛び出した鉄鋼弾は対象船舶の脆い木材を易々と貫いた。
永久にわかることは無いが、その対象船舶は船橋も含めて3重構造で出来ており、砲弾はものの見事に3層目にあたる位置の側面を貫いた。そこにはなんとかして母国を脱出しようとした「元難民」の姿があった。しかし、「元難民」達は今や生きている新鮮な肉を求める「生きる亡霊」と化していた。そして子供であったであろう幼い亡霊の右側頭部に命中し、「ぐにゃり」と頭部ごと破壊し、その隣に立っていた上着が引き裂かれ上半身裸の若い女性の左乳房を貫通、船室に置いてあったハングル文字の書かれた箱に命中してようやく起爆した。
その爆発エネルギーは脆い木材を破壊し、船底にある船の命である竜骨を切り裂いた。
そのエネルギーが十分に行き渡った直後、修正を行った「あきづき」第2射が命中。今度は1分間に20発の速度で9秒間放たれた。
全弾命中した対象船舶は今や炎につつれていた。完全破壊を行うことを第1とした舞鶴地方総監は哨戒機による短魚雷の投下を指示。旧軍の雷撃機の如く超低空で飛来したP-3Cが機内に搭載されていた短魚雷1本を投下。対象船舶はスクリューが停止し、音をほとんどの放っていなかったため、事実上、旧軍さながらの「雷撃」を行うハメになったP-3Cであったが信管を命中からやや遅れて起爆するようにセットし投下、見事に対象船舶中央部に命中した。
その光景は、「あきづき」航海長曰く「映画のようだけど、海軍の陸攻さながらで痺れた」、雷撃を行ったP-3Cのソナーマン曰く「まさに雷撃機(※P-3C自体は「哨戒機」!!)乗りの醍醐味」であったとか。
5インチ砲弾4発、短魚雷1本の攻撃を受けた対象船舶はその船体を真っぷたつに引き裂き、海底へと没していった。
「発 護衛艦「あきづき」
宛 舞鶴地方総監
我、「P-3C」と共に対象船舶を撃沈す」
「気づかれたようすは?」
「ありません。奴らは海を見るだけで精一杯の様子です。沈めますか?」
「さっきは単艦だから上手く行ったが、今度は数が多すぎる。どうせハエも飛んでいるだろう。このまま無音潜航で離脱する」
「了解、針路変更取り舵30、深度120。このまま逆転層(海水温が水面と海底面において著しく変化する層)を通過する」
※逆転層に入ると、高性能なソナーでも探知がなかなか難しい。しかし、深さによっては逆転層の位置は変わる。
言葉で疑問に感じたところはWikipediaや市販の図鑑等を参照してください。質問していただいても構いません(気づかない場合なかなか返答しないのでご留意願います)。
一語だけ用語解説ーナー
「SF」→劇中に登場した通り意味は「自衛艦隊司令部(Self Defense Fleet)」の略。
「SDF」ではない理由は「護衛艦隊司令部」の略が「DF」のため誤認防止で「SF」。