第5回 守護者1
9月2日 09:30 宮城県多賀城市
菅原 信彦三等陸尉は、目の前の光景に絶句していた。
この時間、一言でいうならば「あっという間」であった。出動命令を受け、小隊を率いて駐屯地を出て、仙台港変電所方面へ移動すればもう目の前には・・・「溢れていた」。
高機動車の助手席からであったがそれでもはっきりと見えた。体に大きな傷があり、唸り声をあげ迫ってくる。まるで獣が草食動物を襲うように。その中を這うように逃げ惑う市民たち。
「総員下車!」を無線で命じ、自ら銃を構えて前に出る。右隣りには小隊副長兼第1分隊長を務める大和田 直也二等陸曹がいる。「止まれ!止まらなければ撃つぞ!!」。しかし、なんの効果もない。致し方ない。
「銃構え、単射、引き金指かけ、撃ち方用意!」。
それは、予期できない事態であった。
「む、向かってくる!?」。恐怖を感じない異生物たちは自衛官らが構えた銃口を気にも留めず、唸り声をあげて向かってきた。
「し、小隊長!!発砲許可を!」。しかし、まだ襲われていない。撃てない。専守防衛が鉄則。しかも彼らは「国民」だ。しかし・・・・
撃たなければ、あの警官の制服を着たゾンビの仲間入りになるだけだ。生存者も守れない。
「やむおえん、上空に向け威嚇射撃、3発っ!!はじめっ!!」
銃声が響く。しかし彼らは案の上向かってくる。
「危害射撃っ、目標、接近中の目標群!!各個射撃始めっ、てっ!!」
タタターンッ。銃声。腹部への命中確認。しかし目標は歩みを止めない・・・。
「胸を狙え」。そして撃つ。命中。
奴らはそれでも歩みを止めない。「やはり頭部か」と大和田が呟く。距離にして10メートル、考えてる暇はない。撃つ!!。
しかし、奴らは突然倒れた。少なくても胸に銃弾を受けた者は。もちろんそれ以外は向かってくるから胸を撃ったり、頭部を撃って足止めする。しかし、いかんせん数が多い。
「一度退却する。総員乗車っ!!」。菅原は「状況は暗いぞ」と考えながらも、映画と違って「頭」縛りではないのかと思った。それならミニミの掃射でも良いのかなと。
同日同刻
ここにも一人、市民を守るため奮戦する男がいた。宮城県警察若林警察署地域課長にして、ここの地点の対処を任された桜井 賢警部だ。
本来なら課長クラスが現場に出てくる必要など皆無だが、いかんせんこんな事態だ。人がとにかく足りない。誰であろうと人は必要・・・。
「おい、そっち弾は残っているのか!?」桜井。
「いや、予備もきれました!!」と答えるは部下。
桜井は舌打ちをする。無理もない。県警本部から命令され急行すればもう手遅れ。避難誘導しようにも圧倒的に怪物の方が多い。おまけにこの地点・・・高砂橋を守れと言われても回せたのはPC3台に俺を入れてPM(警官)7名。これじゃ話にもならない。おまけに弾もない。
「いや、ある意味「たま」なら男どもなら最大2発ずつ・・・」といつも通りの感覚で下ネタを言える自分がおかしく思える。そうだ、この状況がもうおかしい。なぜ俺たちがこんなことに。
「警部っ!、もう駄目です。撤退しましょう」と部下。
「馬鹿野郎っ!!俺たちがここで死んででも市民を逃がして、1体でも多くの怪物を殺すんだ」
彼は悲壮な覚悟を固めていた・・・。
とその時だ。「警部、後ろっ!!」。
あわてて振り返ると、緑色の装甲車が猛スピードで突っ込んできた。「自衛隊だ!!」、桜井は叫んだ。
その”装甲車”はハッチの上に設置されていた機関銃を自衛官が連射しながら近づいてきた。「危ないからみなさん下がってください!!!」と自衛官。
言われなくても分かっている、と思ったが桜井はおとなしく装甲車の後ろに下がった。気づけば橋を越えて似たような車が展開している。そして、トラックも。「みなさんこの中に乗ってください!!」と幌がついた荷台にいた自衛官が叫ぶ。お言葉に甘えて警官全員が乗車すると、猛スピードでトラックはバックした。そして適当なところでUターンするとトラックは橋を登って行った。
「マルマルより各隊。警官7名を確保。マルヒトは援護。マルサン、爆破用意」「マルヒト了解」「マルサン了解」。
佐藤 一輝一士は手のしびれに快感を覚えた。訓練以外で初めてミニミを連射した。やはり機関銃の醍醐味は連射だ。
「おい、佐藤っ、”感じて”ないで早く撃って」とせかすのは分隊長だ。「了解っ!!」。佐藤は再び快感を味わった。
演習のため多賀城駐屯地を離れたばかりであった陸自第22普通科連隊第4中隊(軽装甲車主体)は即座に高砂橋警察検問所支援のため転進、警官を救助するとともに橋の爆破が命じられていた。彼らはC4爆薬のような高性能爆薬は持ち合わせていなかったが、橋の全破壊ではなく感染者(=ゾンビ)が通れない程度の一部を破壊することにより事実上橋を破壊した。手榴弾と先ほどのパトカー、そして近隣住民の家から拝借(家人には後程保障する予定)したプロパンガスを使って。
しかし、こんなにも封鎖が容易く行われたのは果たして何か所あったのであろうか・・・。