第3回 First Answer
同日 09:00 総理大臣(首相)官邸 閣議室
円卓には、人間達がいる。彼(女)らは、ただの人間ではない。それぞれが、各省庁の大臣であったりこの国の代表者であったり、様々だ。言うならばこの国における重要人物である。
早朝から行われているNSC(国家安全保障会議)今朝、早くに入った「中朝国境での出来事」については、報道向け発表として「暴動」としていたが、実際違うのは分かっていた。しかもそれが、大変恐ろしい事態であるということも。
「とにかく、自衛隊には出動していただくということでよろしいですね」。そう発言したのは、政権交代以来そのまま総理の椅子に座っている岸 伸一首相だ。
十年近く前の第一期政権では、「お坊っちゃま」的評価を受けた彼だが今回は違った。第二期では積極的に海外へと赴き日本をアピールし、ここ数年国際的に目立たぬ(あくまでアジアの一国という評価)立場であった我が国を「国際社会の一員」であることを宣伝し、積極的に海外支援、そして外交路線を広げた彼の偉業は大きな評価がある。少なくとも「友愛」だのと理想を掲げ結局は隣国(しかもごく一部)にしか外交的関係を考えなかった前与党よりは、首相の器があるというものであろう。
現在は、海外関係に関しては外務大臣か副総理を派遣し、自らは国内に力を降り注いでいた。もちろん戦略的、貿易的重要国や一発目の初訪問時には自らが率先して乗り込んでいったが・・・。
話を戻そう。首相の一言に異議を申し立てるものは誰一人としていない・・・はずだ。「やっとここまできたか・・・」と岸は思う。この事態が発生したとわかったとき、状況が掴めなっかたというのもあるだろうが、多くの閣僚が「警察力だけの対応」を考えていた。しかし、状況は・・・。
てっきり、全員総意と思ったとき手が挙がった。連立与党を組む創価党から採用した渡辺 眞由美厚労相だ。女性の積極的登用を目指すため今回の内閣人事、今年43歳になる彼女を採用したが今回初入閣となる彼女ははっきり言って「無能」であった。正直前任者のほうが、はるかに能力は高かった。前任者が体調不良により辞任しなければ彼女を採用することは決した無かっただろう。
そういえば、なんで厚労相に採用したんだっけ?、と思いつつ発言を促す。
「まだ、国内で感染者が出現していない現在、自衛隊の出動は蛇足だと思います。ここは、警察力での」
「大臣、出てからでは遅すぎるのだよ」と口を挟むは宇多津 武久防衛兼安保担当相だ。一昨年の内閣改造から留任しているが、やっと「らしく」なってきたと思える。その陰には、自衛隊幹部の入れ知恵もあるのだろうか・・・。
「自衛隊は、いくら「即応」ができるといっても一分一秒では準備ができない。状況を調査したり、それに見合った編制を行わなければならないんだよ。そんな悠長なことを言っていては、駄目なんだ」
本来は、首相が議長となるNSCは、基本首相の許可を得ない場合発言が許されない。本来は注意すべきだが、誰もしない。別にいじめているわけではない。それだけ事態が切迫しているのだ。
「渡辺さん、貴女も先ほどご覧になったでしょう。あの映像を。あんな”怪物”が溢れてからでは遅いんです。」と岸。
しかし、彼女が見ていないことは知っていた。内容が「グロテスク」なためか目を瞑っていたのだから。「しかし、まだ「警察」での鎮圧が不能と決まったわけではありません。ここは、警察と海保で十分です」と渡辺。
このまま、また議論が続きそうになったとき官房長官が「それならば」と口を挟んだ。そして目で首相に発言の許可を求める。菅 宣仁官房長官。政権交代以来官房長官として支えてきてくれた男だ。彼には全幅の信頼を置いていたし、彼の「隠れた一面」をも知っていた。
「とにかく主力としては警察と海保を。自衛隊は準備だけさせて待機を命じましょう。出港や出撃した航空機や艦艇も今朝の通り「情報収集」と「武器等防護」の範囲による行動に止める。それで良いのではないでしょうか」。
今朝のある意味「自衛隊の出動(と言ってもスクランブルや艦艇出港)」は、「最低限の情報収集活動及び国土防衛のための一般行動」に基づくものであり、決して自衛隊の独断では無かったのだ。規模はともかくとしても。
「渡辺さん、とりあえずこんなところでよろしいでしょうか」と菅はわざわざ質問する。直接質問されて驚いたのか、それとも自分の意見が通って満足したのか、一言「はい」と言っただけであった。しかし、渡辺だけだ。今回のNSCでここまで異論を挟んだのは。実はもう一人、国土交通大臣が創価党所属(しかも党代表)なのだが、ここでの発言は自分で自分の首を絞めると判断したのか、だんまり決め込んでいる。
かくして、今後の行動指針が決まったのであったが・・・。
その時、オブサーバーとして奥に控えていた統合幕僚長に副官らしき男が一枚の紙片を渡した。受け取った統合幕僚長は、それを読むとすぐに立ち上がり宇多津に手渡した。
宇多津は驚愕の表情でメモを読むと、「総理っ!」と叫んだ。「どうしました」と岸。
「国内複数個所でパンデミックが発生しました。」
同刻 宮城県多賀城市仙台港付近
「くそっ、どうなっている!」
「市民の避難を優先しろ」
「至急至急、塩釜132から宮城本部!」
多賀城は混乱地帯と化していた。仙台港からの被害が拡大し、一体どんな経路をたどったのかは今後も分からなかったのであるが、付近のイオン多賀城店やその横のヤマダ電機にまで拡大。町には少しずつではあるが、怪物の数が増えていた。
付近を管轄する塩釜警察署は宮城県警本部に機動隊の出動を要請。署の警察官や交番(駐在所)から人員を向かわせなんとか事態の収給を図ったが・・・。