第16回 認識不足
「この轍は間違いなく、ムスダン級ミサイルの運搬車両の車幅と一致します」
「間違いなく、北は本気なのかね」
「ほぼ、そうでしょう。今回の件で中国は間違いなく北と手を切り、むしろ敵対するでしょう。中朝国境には、感染者と難民で溢れているそうです。DMZも似たようなもんですが」
「EP(EP-3情報収集機)からは?」
「やはり、光ファイバー網が普及しているらしく、国内の通信所からの傍受も含めて難しいです。もちろん、軍事通信の量は増大しておりますが」
「とにかく、監視を続けろ。情報本部の威信をかけて」
「了解しました」
情報本部の情報官が退出しようと扉を開ける。ふと、こちらを振り向いた。
「烏丸本部長」
「なんだ?どうした?」
「鎮静化すると思いますか?」
「....それは我々の働き次第で決まる。心得ろ」
「了解しました」」
10:52 イオン多賀城店2階従業員控室
「バンっ」と外から籠った異音が響いたとき、思わずみんなビビった。坂崎さんは、すぐに立ち上がり、私も少し腰を浮かす。気づけば柏木さんも腰を浮かしていた、というより何かの構えに見えたのは気のせいか?。
助けを求めてから、すでに2時間以上がたつ。その間、一切の音信はない。坂崎さん曰く「(回線が)パンクしたんでしょ~」なんて言っていたが、だとすれば多賀城市全域でこんな状況なんだと思える。
というか、私はまだ「ゾンビ」を見ていない。ふたりは見たらしいが、私はまだ見ていないから実感がわかない。
坂崎さんが、手で「下がって」と指示してくる。言われた(?)通り下がる。
と、坂崎さんは、ゆっくりとドアを押して外を覗いた。そして、するりとドアを抜けて外へ出た。
扉が閉まる直前に、また異音が、今度は連続して響いた。
ふと、気づいたので部屋のロッカーの裏を探す。と、あった。前長2メートル程の「刺又」が。防犯訓練ぐらいでしか使ったことないが、無いよりはましだろう。そしてその裏にある
「盾ですか」と後ろから声をかけられ驚くと、柏木さんが側に立っていた。
「そうです。防犯のためここに置いてあります」と説明すると
「私刺又持ちます」と言われたものだから「ふぇ?」と返してしまった。
「大丈夫です、一応訓練は受けていますから」と返されたから尚更「ふぇ?ふぇ?」である。
「柏木さん、ご職業は?」
「あれ?、私まだ言ってませんでしたか?」
「はい...」
「ごめんなさいっ!、私、警察官です!!」
「ふぇーー!!?」
で、とりあえず柏木さんに刺又を渡し、私が盾を持って....
扉が開いたのはその時だった。思わず盾を構える、そして柏木さんは刺又を。ついにこの目で見るのか。咬まれないかな、死なないかな、坂崎さんどうしたんだろう?と瞬時に考えてしまう。
だから、完全迷彩の戦闘服にマシンガンを持って、ヘルメットにゴーグルをつけて、重そうなベストに羽織った男が現れたときは、ふたりで悲鳴を少しあげた。
~5分前~
3階の捜索をやっと終え、15分前から2階の捜索に取りかかり始めた。
この階は3階同様に感染者が少ない。その時、何かが動いた。それは夢遊病者のようにふらふらした足取りで歩いている。無線機のスイッチを押した。
「マルマルより各員!、前方に感染者。その場に待機せよ」
「大和田」と副小隊長兼第1分隊長の大和田2曹に声をかける。
「奴を撃て」と命じる。
「了解」と言うと、大和田は少し前進し、小銃を構えた。大和田の命中率は中隊で1番、連隊で3番目の腕前だ。
しかし、本当に良かったと思う。3階では感染者に3度しか会わなかった。それも全て弾の消費を抑えるため、銃剣や銃床で倒してきた。ただし今回は距離があるため銃で対処する。
だから、大和田が内部に突入して以来初の発砲であった。
「パン!」と89式の発砲音が響く。一発目の発砲。命中、射殺。
案の定、ダムが決壊したような勢いで仰向けに倒れた感染者から血液が流れ出した。さっきの感染者も銃剣で切ると驚きであった。確かに首筋を切ると大量出血するが、それにしても勢いが半端ではなかった。まるで、体中の全血液が抜けようとするかのように。
「血流が速くなるのですかね」と大泉2曹は言っていたが、それならば腐敗する理由がわかる。血流が速すぎるがために、皮膚の色も変色しているのか。
「マルマル!、マルフタ!、敵です!前方より複数接近中!!」
「小隊長!!前から来ます!!」と大和田。
・・・前方から、およそ6体がこちらに向かってきていた。その足取りは少し早い、おまけに不気味さが合間っている。
この時点で、彼らは初めて「恐怖」を感じた。外では車両があったため、最悪逃げることが出来たが、今回は室内。この閉鎖空間で逃げれる場所はたかが知れている。
「小隊長!指示を!!」
大泉が叫ぶ。
「各個射撃開始、撃て」と命じる。
各分隊が前進し、各員が単射で射撃する。発砲音が連続するなか、次々と倒れる感染者たち。所詮数は少ないのだ。一体一体撃っていけば問題はない。
「ふー」とため息をつきかけたとき、後ろから「ウアガッー」という声とともに生臭い息が耳に吹きかかった。
咄嗟に左に頭を傾けて、ヘルメットごと体当たりをかける。
「ゴッ」と鈍い音と、嫌な感触がヘルメットから伝わる。そのまま体を左に向けつつ、今度は左肩で体当たりを再びする。と、そこには仰向けに倒れた感染者がいた。小銃を感染者の脳天に向けて、安全装置を「タ」の単射に回す。引き金に指をかける...。
「ちょっと、待った!」と声がかけられたので素直に驚いた。思わず銃を向ける。気づけば他の隊員も「それ」に向けていた。
「待って、待って、生きてるから!」と「それ」...小さな男が両手を挙げて立っていた。
「それより、そいつは」と言われれば、慌てて思いだし感染者に銃を向け直す。
感染者は仰向けのままだ。
「なんかね、ゾンビになると、ものすごく脆くなるみたいでね、たぶんもう死んでるよ」。
確かに、もう動かない。ホッとしたのも束の間、肝心なことを思い出した。
「すみません、貴方が通報者ですか?」
「いやー、通報したのは俺じゃないんだけど、一緒にいます」
なるほど!!。と思い、慌てて敬礼する。
「大変お待たせしました。陸上自衛隊の菅原と申します。あなた方を救出しに参りました」
と、言うと、その小男が同じように敬礼する。
「ご苦労様です。言えるような所属はありませんが、即応予備自衛官、もとい旅人の坂崎幸二です」
旅人か...いや待て、
「即応予備自衛官ですか?」
「はい!、即応予備自衛官で予備二等陸佐やってます」
なるほど、即自(即応予備自衛官)の二佐か.....あ
「大変失礼しました!第22」
「待って!」
な、なんだ?。
「あまり大声で話すと、ゾンビが近寄ってくるから、小さな声で。あと所属は22普連の2中でしょ?。胸の札見れば分かるよ」とニコニコしながら話してくるその姿は、本当に自衛官なのか疑いたかった。ましてや二佐かよ...。
気づくと2分隊も近づいて直立している。というか、小隊全員が敬礼している。だって二佐だもんな~。
「みなさん任務ご苦労様。とりあえず避難者のところにまで案内します。避難者には僕のことは内緒にしてください。二人には旅人としか言ってませんから」と話すと、くるりと背中を向けて歩き出した。
俺は小隊を従えて付いていった。
「そうですか、米軍が...」
「はい。しかるに我々が叩こうと思えば何時でも可能です」
「しかし、私はそれを命じる気はありません」
「私も反対です。しかし、最悪の場合は動かせます」
「最後の最後まで自衛隊のみなさんは戦ってください。残酷なことを言いますが、使うのは最後の最後の先にあると思ってください」
「了解しました。失礼します」
総理には伝えた。こいつを使うことがないことを祈りたい。