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亡霊の戯れ  作者: 桜坂 高
戯れの中で・・・
17/38

第15回 西部戦線異状アリ

 「自衛隊の出動!はんたーいっ!」

 「はんたーいっ!!」

 「戒厳令をやめろーっ!」

 「やめろーっ!!」

 「国民に銃を向けるな!」

 「銃を向けるなー!!」

 「感染者も人間だぞ!!」

 「憲法を守れっ!!!」

 

 パンデミックが起きていない大都市や、発生都市から距離のある町では、一部の住民と平和団体、人権団体がシュプレヒコールを出動した自衛隊車両や駐屯地(基地)、政府関係庁舎にむけてあげていた。

 大きな画用紙に書き殴られた言葉の多くは、この状況を理解できていないような文言ばかりであった。

 政府が今朝の記者会見で発表した「狂人病」。原因は不明で感染経路も明確なのは不明だが、感染した者は突如として人を襲い始める謎の病。感染者は人を食べるのではなく、ただ首を「咬む」だけ。そして咬まれた者は感染する。

 これを鎮圧するため、警察、陸海空自衛隊、海上保安庁などといった全ての公的機関が対処することが発表されている。自衛隊には史上初の「治安出動命令(海自には「海上警備行動」)」が発令されたことも。

 これに対し、一部都市において反対運動が起こっていた。また、一部の民間人が陸上自衛隊駐屯地前で座り込みを行い、これを口頭警告の上、強制排除しようとした自衛隊に対し「暴力」としてSNS等で拡散していた者もいた。

 しかし、都内においては不思議なことに、国会開会要求を行おうとする政党は皆無だった。現在の与党サイドはともかく、野党が行わない。これは、都内でもパンデミックが発生していたからだ。国民の代表たる者達の大半は「視察」と称して、安全域への脱出を行っていた。

10:45 日本海(対馬沖合日韓領海付近)


 韓国海軍所属のDDHがロスト(沈没)して、1時間30分以上の時が流れた。

 海上自衛隊上対馬警備所は、対馬海峡に設置されている固定式聴音装置SOSUS(ソーサス)が推進音を探知した。

 そもそも、哨戒中のP-1がHPS-106(レーダー)が探知しなければ「ロスト」も分からなかった。

 ロストを確認した時点で、P-1は現場海域に近づいたが、すぐに引き返した。航空自衛隊第7警戒隊(高尾山)のJ/FPS-4が韓国空軍のF-15K(スラムイーグル)のスクランブルを確認したからだ。そもそも、数年前に防空識別圏を突如設定した韓国政府。これにより、領海付近の観測も難しくなった。

 最初は、なぜロストしたか不明であった。事故か事件か。それは海自と海保が「汚染船」を処理しているときに判明した。護衛艦や横須賀の対潜資料隊に記録されていない「音」を探知したのだ。

 ロシア製の「キロ級」と似たそのスクリュー音。探知したそうりゅう型潜水艦「ずいりゅう」が追尾にかかっていた。「キロ級」は南下していた。「キロ級」が沈めた犯人という確証はない。すべて状況証拠だ。が、米軍から「韓国艦艇が撃沈させられたらしい」との情報が来れば、犯人に一番近い存在であった。

 その「キロ級」が対馬海峡に侵入するのを探知したのだ。異様なほど静粛生に優れている。米軍が冷戦時最も恐れた艦であり、我が海自が一番の難探知艦に指定していた艦だ。今では装備が優秀になったから探知しやすくなったが、調子にのっていると見失うほど静かだ。上対馬警備所の聴音係は、聞き漏らすまいと耳を済ませ、その情報は対潜資料隊に送信され、自衛艦隊、護衛艦隊、潜水艦隊、航空集団と共有していた。



 同刻 舞鶴沖合


 1隻の護衛艦が最大戦速で南下していた。沈んだ韓国艦と同じ「DDH」であったが、その大きさ、艦容は全く相容れないものであった。知識のないものが見れば間違いなく「空母」というその姿。

 ヘリコプター搭載護衛艦「ひゅうが」(DDH-181)は舞鶴航空基地より、SH-60K「シーホーク」哨戒ヘリコプターを6機収容していた。これは陸上配備型のシーホークも含まれる。本来の定数はシーホークの場合3機であったが、この状況。武器等防護のためにも1機でも多く洋上に避難させ、このあとに使う腹づもりだ。

 そして、「ひゅうが」は最大戦速で南下する。海上封鎖然り、「キロ級」追尾の役目もあった。何て言ったて「ひゅうが」は大規模災害時、シーレーン防護や離島奪還の際の切り札に使うつもりで建造された。対馬海峡に浮かべてプラットホームにしない手はなかった。



 同刻 内閣府庁舎6階


 ここには数多くの情報が集まる。各国にある日本国大使館から、情報収集衛星から、シンクタンクから。とにかく多くの情報が集まる。

 警察庁から出向し、ここの長である内閣情報調査室室長田辺進次は、一刻も早く政府に上げる情報がまとまるように指示を飛ばしていた。正直言って、彼がやることは何もない。とりあえず、CIAやその他お偉いさんから直接の電話が来ない限り出る必要もない。信頼のおける部下達がすべてをやってくれる。彼はデンと構えて、必要なときに指示を出す。それで良かった。

 「室長!」と声がかかった。「なんだい?」と田辺が反応すると、部下は「3番です」と返す。

 言われた通り外線の3番を押すと、古巣の警察庁警備局からであった。

 話を聞いて、彼は手元にあるメモ帳に必要事項を書き記す。電話が切れると、椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がり、左の上着かけに掛かっていた黒いジャケットを取りながら「総理にあってくる」と言って足早に部屋をあとにした。



11:02 総理官邸地下危機管理センター


 「総理、やはり渡辺さんは間違っていた。折り合いを見て外すべきですよ」と菅さんが耳打ちする。

 私は一国の首相として、今何が必要か。それは独裁的でも勝手でも独走でもなんでもいい。最善策をやるまでだ。

 菅さんの言うことは最もだ。彼女はさっきから私のなす事すべてに反論している。なのにまともな対策を出すわけでもない、すべて論点がずれている。

 彼女は「パフォーマー」として有名だ。40代後半なのに色気のあるその姿は、お茶の間のおじ様を虜にしているらしい。

 しかし、能力は皆無だ。本当に無能。かえって厚労省の官僚に任せていた方がましなくらいだ。ただ、先日面会した厚労省の次官曰く「いろいろ口出ししてくるんですがね...」とぼやいていた。

 しかし、今は「有事」だ。ここで大臣交代でもすれば事だろう。

 「総理、別に今すぐ外さなくて良いのです。この騒動が落ち着いたら、この事件の対処責任だとかを押し付けて外せばよろしいのです。任命責任どうこう言われても、こんな時じゃ野党もとやかく言わんでしょう」と菅。さすが菅だ。腹黒い。この人の隠された本性は、温厚な顔の下にある「腹黒さ」だろう。

 「今回の事態を未然に防げなかったのは厚労省にある。おまけにその長となれば」と不気味な笑みを浮かべながら進めてくる。この男は絶対に上に立とうとはしない。すべて縁の下の力持ちであり続けようとする。しかし、彼が「無能」と下した人物は全て失脚してきた。彼から信頼され続けたいものだ。

 「総理」と言いつつ、身長の高い男が来た。宇多津防衛大臣だ。

 「自衛隊の部隊のうち、陸上総隊所属部隊の態勢が整いました。全国どこにでも動かせます。それと、例の不明潜水艦ですが対馬海峡に侵入しました」

 「わかりました。報告ありがとう」

 「はい。それと都内で発生したパンデミックは、すでに沈静化しました。不審者扱いで確保していたため事なきを得たそうです。現在、第1普通科連隊が都内に展開しております」

 「わかりました」

 当初の報告にあったように都内でもパンデミックはあった。が、ついていたのは警察官の目の前であったこと。巡回中の2人の警官が対処したらしい。あとで直接礼を言わねば。

 しかし、私は一体どうすればいいのだろう。この未曾有な事態に。なんでもいいが、「未曾有」といえば吉田副総理を思い出すな...。

 「総理、内調(内閣情報調査室)室長が早急にお会いしたいといらしてます」と総理補佐官が伝えてきた。警察庁から出向している優秀な男だ。

 「分かった」と席をたつ。危機管理センターは、コンピューターや東側に大きな画面がある「中央管理室」の隣に「会議室」がある。直接繋がってはいるものの別扉もあり、そこを開けると廊下があり、向かいには「第2執務室」と呼ばれる部屋がある。そこは官邸の総理執務室より小さい。有事の際、地上の官邸が何らかの理由により使用不能になった際に備えて作られた。

 開けると田辺内調室長が立って待っていた。

 「田辺さん、いつも座って待っていてくださいと言っているのに」

 「いえ、一国の代表をお待ちしているのですから、座るなど失礼ですよ」と返してくる。これは、もう「あいさつ」代わりだ。いつもの会話である。

 「まぁ、どうぞ掛けてください。それで、どうかしましたか?」。テーブルを挟み対面するソファにお互い座る。

 「はい、先程古巣から連絡がありましてね」と話始める田辺。ふと、気づいた。

 「田辺さん、お疲れですか?」

 「なぜです?」

 「めずらしくネクタイが緩んだままですから」

 「え...あっ!」と田辺。いつもは緩めて仕事をしているのだろう。田辺が着用している青と白と黒のストライプのネクタイが緩んだままだ。

 「こ、これは失礼しました」と慌てて絞める。若干苦しそうなくらいに。

 たぶん、この騒動が始まって以来初めての笑みを浮かべつつ「で、どうしました?」とふる。

 「まず、各国大使館や情報衛星、各機関からの情報を統合すると北朝鮮が南進する可能性があります。この騒動の発端もたぶん北ですからね」

 「情報本部からは戦時用通信の通信量の一部増大したと報告を受けました。ただ、光ファイバーを使っているらしく、完全探知は困難なようですがね」

 「えぇ、あの国は光ファイバーにもてを出しましたからね。昔とは違ってきましたよ。それともう1つ」。

 このとき田辺が少し眉間に皺を寄せた。

 「古巣からなんですが、宮城県在住の朝鮮系の土台人1名が姿を消したそうです」

 「となると、やはりテロですか」

 「はい。証拠はありませんが、少なくとも追尾に当たっていた公安を撒いたそうです」

 「警察庁長官と公安委員長からまだ報告がありませんよ」

 「きっと隠しているのでしょう。この状況で見失うのは痛手ですから」

 あとで二人を追求しよう、そう決めた。

 「田辺さん、いつも貴重な情報ありがとう」

 「いいえ、私はこれが仕事ですから」と言いつつ立ち上がる。

 「総理それでは失礼します」と帰ろうとする田辺。

 「田辺さん!」私は呼び止めた。慌てて振り向く田辺。

 「頃合いを見て休憩を取ってくださいね」

 「....承知しました」と苦笑半分の顔で退室していった。

 私はそのままソファに腰を掛けたまま上を向く。ふと煙草が恋しくなったが、禁煙中の身、耐える。

 暫く考えをまとめた後、私は補佐官を呼びだした。

 「警察庁長官と公安委員長を呼んでくれ」



~20分後~


 第2執務室の前で統合幕僚長は待っていた。防衛大臣には既に伝えた。目を見開いたが、「総理には現場に近い君から伝えてほしい」と言われた。

 今、警察庁長官と公安委員長が総理と話している。完全防音のため、外には一切聞こえない。

 とにかく、待つ。準備はもう整っている。使うか否か判断するのは総理自身だ。彼はひたすら待ち続けていた。

 報告を聞いて「思っていたより効果は薄いな」と白衣を着た初老の男は思っていた。だが、これで問題はないだろう。

 ここ2~3年で、我が国の弾道ミサイル技術は、大きく進歩し、液体燃料式から個体燃料式に改められていた。特に「R-17(スカッド)」ミサイルの後継「KN-02(ドクサ)」ミサイル、「木星(ノドン)」ミサイルの後継「土星(ムスダン)改(土星二号)」ミサイルは命中率から即応性といった面において良好なところが多数あった。

 今、KN-02(ドクサ)用弾頭13発、土星(ムスダン)改用弾頭7発、そして白頭山(テポドン)二号用弾頭3発が準備できていた。あとは搭載するだけだ、この私の成果、そして世界を我が国に恭順する怪物達で溢れる世界に変える薬がたっぷり詰まった弾頭を。そして、我が国の周辺のロシア以外の国家と米帝(アメリカ)に向けて叩き込む。もちろん憎き豚足(チョッパリ)(日本人)共にも。

 白衣を着た初老の男は笑みを浮かべつつ、自分の成果を喜んだ。その笑みは、隣にいた補佐役の人民武力部の士官を一種の恐怖を感じさせる笑みだった。

 まさに「悪魔の笑み」だった。

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