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亡霊の戯れ  作者: 桜坂 高
戯れの中で・・・
16/38

第14回 Life In World Of Phantoms

 襲われそうになる。それを避けながら必死になって逃げ回る。もしかしたら、もう人間は全滅したのではないだろうか。

 ゾンビと孤独と戦いながら彼は逃げ回っていた。

 10:14 イオン多賀城店 4階(屋内駐車場)から3階へと続くエスカレーターの途中


 「小隊長、中は随分がらんとしてますね」と大泉が声をかけてくる。

 てっきり中も溢れていると思っていた。まぁ、バーゲンセール程ではないにしろ、辟易するほどいると覚悟していた。

 しかし、少なくとも3階は感染者らしき姿が見えなかった。やはり、映画とは違うものだと思う。

 エスカレーターから降りて、まずは後方を確認する。感染者は、いない。

 部隊を整列させて、分隊ごとに通路確認させることにする。大和田率いる1分隊は正面左側通路。大泉率いる2分隊は右側。間に売り場を挟むため、部隊間における通信手段は、大声をあげるか、この無線に頼るかだ。室内戦闘を想定して「CQB」装備だ。噛まれそうになったときは、防弾チョッキごと体当たりするかな....。

 「11(ヒトヒト)及び21(フタヒト)。こちら00(マルマル)状況開始、送れ」

 「11、了解」

 「21、了解」

 ちなみに、00は小隊長である菅原自身、11は第1分隊長大和田二曹。21は第2分隊長大泉三曹を指す。つまり「12(ヒトフタ)」と言われれば第1分隊の2番士を指す。ちなみに2番士は副分隊長である。

 菅原は第1分隊の前方にいる。傍らには第1分隊長にして副小隊長の大和田。

 一歩ずつ、音を極力たてないように歩く。生存者捜索を行う。ちょっとした隙間や影を見つけては立ち止まり、生存者(感染者)がいないか確認する。

 と無線が鳴った。

 「00、こちら21。別通路(従業員通路のこと)確認。探索する、送れ」

 「21、00了解。細心の注意を払え。00終わり」  2分隊が探索確認する間、1分隊はその場で周辺を警戒しつつ待機する。2分隊が突入した通路扉が見える位置で。

 連絡があった救援者がいる位置はわかっている。ただ、周辺を確認せず最初からそこに向かうのだけは御免だった。「背後の敵にこそ注意する」それが鉄則だ。そして退路を確保する。すべてにおいて「確認」が重要であった。



 10:30 2階従業員控え室


 「そうかー、23か。いいなー若くて。俺もそんなときがあったはずなんだけどなー」と笑う。

 相変わらず柏木さんの口数は少ないが、さっきよりは口数が多い。

 47歳になると、やはり経験がものを言う。こっちから何でもかんでも声をかけるより、ある程度待ってから話した方が絶対に良い。

 でも、やっぱり体力だけは若い方が良かったと思う。いっそ旅も電車から自転車に路線変更するか。

 「堀さんも同じくらい?」

 「いえ、私も23です。柏木さんと同級生ですね」と堀さんは言う。柏木さん程ではないが、髪が少し長めの彼女は、柏木さんという自分(=堀)よりも動揺している人が来たためか、この部屋に入ったときよりもかなり落ち着いている。というか、冷静に俺の言葉を理解して、この部屋に案内してくれるくらいだ。かなりの精神の持ち主なんだろう。

 そういえば、なんだっけ。堀北なんとかかんとかという若い女優さんに似ている気がする。てか絶対本人だろ!!と、その事を言うと

 「あ、名前も合間ってよく言われます!」と嬉しそうに返答する。

 そのなんでもない「無駄話」を聞いてか、柏木さんはだんだん笑うようになってきた。ホッとする。正直、こんなワケわからん状況で、ずっと落ち込んでいられるとこっちは辛い。

 「一応さ!僕も似ているって言われるんだよ!名字も一緒だし」

 「ホントですか~?、誰ですか?」

 「アルフィーの真ん中の人」と言った瞬間、2人にポカンとされたので無かったことにする。

 しかし、救出隊は来るのだろうか。きっと警察は治安維持、というよりも被害拡大阻止で手一杯だろう。自衛隊辺りが来るはずだ。今の総理なら、すぐに出動させるはずだ。

 ただ、俺達が「生きている」前提で動いてくれるかどうかだ。通報はしたものの、場所が場所だ。すでに「仲間入り」されたと思われていたも不思議なことはない。そうすれば、わざわざこの少人数のために戦力を引き裂くよりも、別な方に人手を回すだろう。

 ただ、俺の使命はこの2人を生かすことだろう。5年間、数多くの人と出逢い別れてきた。その中で学んだことは「今は二度とこない」ということだ。たとえ毎日同じような日が続いても、その時は二度とこない。毎日乗る同じ電車も、隣に立ったり座ったリした人は、もしかしたら二度と出逢わないかもしれない。ましてや、こんな状況。こうして出逢ったのだ。


「絶対に2人を守る」


 そう俺は心に誓った。50手前の親父の願いでもある。



同時刻  フェリー乗り場付近


 見つけた。かなり探し回ることを覚悟していたからラッキーだった。まさか、こんなにも早く奴を見つけるとは。

 かなりの人間に咬みついたのか、口元は真っ赤に血で汚れ、深緑色のジャケットの中に着ている白いTシャツは胸元まで赤く染まっている。頭を上に少し上げ、目は虚ろで白く濁っている。足取りはフラフラしており、手はだらりと垂れ下がっている。

 音を極力出したくないため、サイレンサーをマカロフに装着する。連絡では、目から上の頭部か心臓、最悪腕や頭に限らず、首筋などと言った大量出血が望める場所に傷を入れれば効果があるという。首の骨を折るのもありだとか。とりあえず、絶対的な頭を狙う。

 「ピュッ」と独特の音放ち放たれた銃弾は、おでこの鼻の上辺りに命中。

 無力化したことを確認し、奴の右ポケットを探る。

 あった、例の物が。畜生にもこいつは、ジャケットの上ポケットに小瓶を突っ込んでいた。あの方もバックだけを奪い、ポケットを探さないとは...。まぁいい。

 気づくと、隣のポケットが若干ふくれていることに気づく。中を弄ると、黒い免許証入れのような物が出てきた。そこには身分証明書らしき物が入っていた。バングルのその内容は


「所属・人民武力偵察部

 階級・少尉

 軍籍番号・140403168

 氏名・(ペク) 希雲(キムン)


と書かれていた。やはりこの男は本気で米帝に渡る気だったのだろう。身分証明阻止のため回収する。

 やることは、終わった。あとは、あの方に届けるのみ。

 「大丈夫ですか!」と突然声をかけられた時は、思わずマカロフを構えそうになった。振り向くと、男がたっていた。しまった、見られたか...

 「咬まれては、いませんよね?」と声をかけられる。見られてないことを祈るが、いっそこのまま殺るか。

 「大丈夫です、咬まれてませんよ」と日本語で答える。親は土台人。そして私はその子。日本語は完璧だ。

 「良かった...私独りしかまともな奴いなくて、途方にくれていたんです。一緒に行動しませんか?」

 「えぇ、ぜひ」と答えたのは情けではない。ここから離脱するのに、変にひとりでいるよりも、ここは複数の方が逃げやすいし、最悪切って捨てれれば良いだろう。日本人が消えたところで我が人民は困らない。

 「それでは、行きましょう」。さて、見られていなかった事を喜ぶか。

 陸前山王駅には機関車(DE65)がエンジンを蒸かしていた。その後方には719系車輌(以降「客車」)が8輌連結されている。中途半端なのは機関車と連結している車輌がいわゆる「1輌目」ではないからだ。これは、機関車との連結部分が合わないからだ。

 その機関車の運転台に座る富士将生は、慣れ親しんだこの車輌のブレーキを愛しく撫でていた。震災復興支援のため、被災し廃車となった車輌に代わり2012年に秋田臨海鉄道から借用したこの車輌。本来は8年間使用の後返却する予定であったが、予定よりも早く代替車輌の目処がたったため、来年度には返却予定であった。彼が就職して一番最初に運転したこの車輌。本当に愛くるしい。

 この騒動が起こった時、偶然にも今朝陸揚げされた荷物をJR貨物側に引き渡すために、仙台港から陸前山王駅に輸送していた。そして、この騒動だ。

 武力攻撃事態法に基づき、政府と自衛隊から「救援車輌」としての使用の打診を受けたのは、JR貨物職員からゾンビ騒動の話を聞いていたときだった。半袖開襟に緑色のズボンと制帽を被った自衛隊員は土下座する勢いでお願いしてきた。

 「一刻も早くの運行が必要です。本来は、我々が運行すべきですが、残念ながら運転できる者が皆無の我々には何もできません。危険で命の保証はありませんが、どうかお願いします」

 彼は「拒否する言葉がありません、やらせてください」と引き受けた。なぜなら、仲間が仙台港の基地にいるのだ。生存は絶望的かもしれない。でも行かなければ、俺は一生悔やむだろう。彼は己の信念を全うすることを選んだ。

 JR東日本側には既に「車輌提供」が要請されていたらしいが、なかなか来なかった。その土下座(してはいないが)自衛官の話いわく「色々と難癖付けてきている」らしかった。理由は

「臨海鉄道線は、非電化区間(電気が通っていない)ため、電気使用車輌が走行不能のところ」

と言われ、機関車での運行を行うことを言えば

「機関車と連結しても、開けるためには電気が必要なため扉が自動では開かない。また機関車からの開閉が不能」

と言われ、ドアコックを開けっ放しにして手動で開けると言えば

「危険」

の一言で、片付けられそうになったらしい。

 一応、JR東日本もディーゼル車を持っているが「近場にない」で片付けられたとか。

 武力攻撃事態法における指定公共機関であるため、明確な拒否しないそうだが、要は車輌が惜しいのだろう。

 結果、損失の場合は「保証」することを確約して借り受けたとか。とにかく、先程回送で到着した車輌は既に機関車と連結している。

 客車には、幌つきトラックに乗ってきた完全武装の自衛官とパトカーや金網の付いた青いバスに乗ってきた警察官からなる90人程度の集団が乗り込んでいた。

 先程、「桜井」と名乗った警官が「あんたも貧乏くじ引いたな...」と苦笑いしながら彼に話したことは、この臨海線はちょうど多賀城市の真ん中を突っ切るような路線であるから白羽の矢が立ったらしいということ。そして、避難民救出が第1目標。あわよくば陸上自衛隊の小隊を安全地帯に置いてきて、奪還の足掛かりにするとのこと。

 目線の先にいるJR貨物の男が「進行」を意味する青緑色の旗を振る。真っ直ぐ線路の先を見つめて、彼は警笛を短く鳴らす。右手をグーにして軽く手を上に上げて、すぐに目線の位置に手を前に伸ばしながら人差し指だけを前に開く。


 「出発、進行」


 腹の底から、しかし静かに口から出したその言葉は、うるさいディーゼル音に妨害されつつ運転席に響き吸い込まれていった。それよりも早く彼は左側にある2つのブレーキを解放し、右側のマスコンを右側に少し回す。

 するとエンジン音が更にうるさくなる、と少しずつ列車は動き始めた。ゆっくりと動き始めたその車輌を阻むものは誰もいない。ただ、エンジン音に混ざりつつ開け放たれた窓から聞こえる「頑張れ」「無事に帰ってこいよ」「頼んだぞ」の声。そして敬礼する旗振りの男。その横にいる土下座自衛官も敬礼している。富士は、しっかりと敬礼を返した。

 

 列車の姿が見えなくまるで、陸前山王駅にいた者達は敬礼を捧げていた。




一語用語解説

JR貨物→日本の鉄道貨物輸送の大部分を行っている。貨物列車はJR貨物の管轄。

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