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亡霊の戯れ  作者: 桜坂 高
戯れの中で・・・
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‘‘新章‘‘第13回 一期一会

 サングラスを掛けた男がJR仙台駅2階の緑の窓口のなかで呟いた。

 「...しまったな」

 周りの視線を確認してから男は改めて持ち物を再度確認する。が、無いものはない。

 「...仕方ない」と男は携帯を取り出して、番号を押した。この国の「コウアン」と呼ばれる組織が傍聴していないとも限らないが、致し方ない。

 相手が出ると、男は一方的に話しをした。相手は拒否するまでもなく承諾した。

 男は電話を切ると、緑の窓口を出て仙台駅から伸びるぺロストリアデッキに向かった。

同日 10:03 イオン多賀城店4階屋内駐車場


「クリア」と菅原の声が響く。

 イオンに突入を開始して既に15分。屋上駐車場は2011年の震災以降使用されていなかったため、楽に探索が済んだが、屋内駐車場の状況確認はいまだに済んでいなかった。理由は中が放置車両や壁で複雑と言うこと、なおかつ「感染者」が大変多いということであった。

 やはり、スロープにいた輩だけでは済まされなく、50体近くの感染者がいた。しかし、土曜の朝だからそれほどまで客はいない...はずだ。近くのアウトレットモールと違ってそんなに人気は無いが、それでも300人程度はいただろうが。

 スロープの奴はいても100~150体。ここで50。あとの150人は逃げたか中か。中だけは何としてもあってほしくない。

 車一台一台を確認していく。次にあのマーチを...と中を覗いた瞬間、目の前に涎を垂らし濁った白目をした顔が現れた。感染者だ!!。思わず腰が引く。

 しかし、ベルトをきちんと絞め、窓ガラスも扉も閉まっている車からは抜け出せないらしい。運転席に座る感染者は長い髪を振り乱して、奇声をあげて脱出しようとしている。

 「女、ですね...」と大和田。彼も相当のショックを受けたようだ。

 「身なりからして若いぞ、顔も美形だし」

 「よくそこまで目が行きますね...」

 「俺はたった今、見詰め合ったんだぞ」

 「なるほど...」

 「生きていれば絶対に尾形に紹介したな」と菅原は彼女いない歴=実年齢の男を見る。

 「小隊長、そんな怪物と付き合いたいほど女を求めちゃいませんよ!」

 「だから生きていればだって」

 「もり上がってますな」と茶々を入れたのは、この小隊の第2分隊を率いる大泉博三等陸曹だ。

 「小隊長は女を見る目があるようで」

 「美人かブスか判断するだけだがな」

 一見、上下関係の厳しい自衛隊において、いささか軽率すぎる態度だが、それは菅原と言う男が持つ「性格」が原因だろう。あえて言うならば、菅原は部下からの信頼は厚い。

 「きっと噛まれて、それを振りほどいて、必死になって車に逃げ込んだんだろう。かわいそうに」

 「小隊長、いかがしますか?」

 「射殺する」

 「え?」と大和田や尾形、大泉を含め一斉に疑問の声を上げたのは致し方ないだろう。

 「このままほっといて、あとで障害にならないとも限らん。そうだろ、大和田」

 「はい」と大和田。同意見だ。

 「俺が殺る」と89式5.56ミリ小銃を構えると、単射にし、菅原は躊躇いなく引き金を引いた。


 「第1分隊前へ」と菅原が言い放つと、大和田が指揮する1分隊が前進し、突入口である本館入り口に接近する。

 ふと菅原が先ほど射殺した感染者を横目で見た。「べっぴんさんが、あんな姿で生き続けるよりは楽にして正解でしたよね?」と心の中で感染する前の女性を想像して心で唱える。

 「第2分隊俺に続け!!」

 そう叫んで菅原は本館へと突入した。


 同日 10:00 イオン2階従業員控室


 「いやー、やっぱりダメだな~年取ると。半世紀近く生きていると、体ってボロくなんなー」

とパイプ椅子に腰を掛けるのは坂﨑だ。

 「いやー、それにしてもよく耐えた、一人で。ホントすごいよ」

 「これお茶です。どうぞ」と冷蔵庫から取り出したウーロン茶を紙コップに入れて差し出すのは堀だ。

 「ありがとう」と坂﨑が微笑みながら受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み始める。

 そして堀は、もう一方の紙コップを「はい、どうぞ」と新たなる避難者に差し出す。

 しかし、彼女は黙ってうなずき受け取るだけで飲まない。堀は先ほど坂﨑が話していたことを思い出していた。

 

 まったく応答しない無線を訝しげに睨んでいると、突然扉が開いた。と、背中に見知らぬ女性をおんぶした坂﨑さんだった。てっきり他のお客様は逃げたと思っていたから驚いた。

 「ここに座って」と坂﨑さんが女性をパイプ椅子の目の前に下ろす。この時、反射的に飲み物の準備を始めたのは、入社して5カ月とは言え社内教育の賜物だと思った。

 準備をしていると坂﨑さんは近寄ってきた。彼は耳元で一言「彼女トイレでゾンビに襲われてたんだ」と耳打ちしてきた。一瞬動揺したが、それを見越してか「噛まれてはいないみたいだけどね」と小声で言う。そして彼は彼女の傍のパイプ椅子に腰を下ろした。

 お茶を出し終え、自分も一口つける。なんとなくこの風景が奇妙に思えた。話からして50歳近いおじさんと、髪の長いきっと私と同い年くらいの女性。そして先月で23になった私。パイプ椅子に腰かけ休息をとるその姿は状況を知らない人が見たらどう思うだろうか。ふと彼女を改めて見てみる。肩を超す程度のストレートの黒髪に、白い肌。どこか「雪」を思わせる肌の色は羨ましく思える。鼻筋の通った鼻と細い目。十分「美人」な部類に入るだろう。身長は私と同じ160ぐらいか。そういえば坂﨑さんもそんなに大きくはない。165くらいか。

 「そろそろ落ち着いた?」と坂﨑さんが声をかけると、彼女は小さな声で「はい」と囁くように言った。

 「まず、名前だけ聞いていい?」と坂﨑さんが聞くと、ゆっくりと名乗った。

 「僕は坂﨑で、彼女が堀さん。よろしくね」と坂﨑さんが声をかけると、彼女...柏木さんはゆっくりとうなずく。

 「柏木さん、この部屋は僕と堀さんで絶対にあいつらが入んないように作り上げた部屋だから、大船にのったつもりでくつろいでね」と若干、笑いながら坂﨑さんが言う。

 「柏木さん、落ち着いて安心してくださいね」と声をかけると、こちらを少し見た。柏木さんのその眼は暗く、何も映ってないように思えた。ものすごい恐怖を見たのだと思う。そう考えると声をかけづらくなる。

 「とりあえずもう少しのんびりしよう」と坂﨑さんが言って、めいめいお茶を飲み始めた。



同刻 航空自衛隊三沢基地


 高機動のGに耐えたあとに飲むブラックコーヒーは格別だ。世間の親父は「風呂上りのビール」だろうが、俺は違う。が今は、演習後や任務後の疲れを癒すわけではなく、高ぶった神経を落ち着かせるためだけにコーヒーを啜る。

 第3航空団第3飛行隊所属の3等空佐の桑田圭はコーヒーを啜りつつ雑誌を読んでいた。読むというより、字を目で追うだけだ。まったく頭に入らない。ふと斜め向かいのソファを見ると、ウイングマン(僚機)の北里正親1等空尉が同じようにコーヒーを啜っていた。



 0805(マルハチマルゴ)に三沢基地から離陸し、八戸港沖合に設定されている航空演習空域「R-129」での「空対空訓練」を0812に開始。先に離陸していた同飛行隊の別編隊と交戦。終了後基地に一旦帰投し、訓練の戦果判定を報告、確認し、敵役編隊の特性を研究し、対策を練った上で1005に再度離陸。そういった具合で計2ソーティーをこなし、ランチ。そして午後は3ソーティーをこなす予定であった。

 しかし、1回目の訓練を終え帰投すると、訓練中止が通告され、各搭乗員は発進に備えるようにとお達しが出た。機体整備を終え待機室に入るとテレビがつけられていた。国営放送に合わせられたチャンネルは、日本各地で大規模騒乱が発生していること伝えていた。

 「なんだよ、西成暴動みたいなの全国で起きてんの?」と同期の隊員に聞くと「なんだろうな。今更学生運動は無いだろう」と言う。

 「リーダー(編隊長)、陸自はデフコンかかっている見たいですけど、どこぞが攻めてきたわけではないですよね」と北里。

 「さぁね~、なんだかんだで平和だと思うがね」と流していると我らが第3飛行隊長が待機室に姿を現した。その部屋にいる全員が背筋を伸ばす。 

 「...おい、誰かテレビ消せ」と隊長が言うと、桑田は目の前のテーブルにあったリモコンで消した。


 その内容は、精神トレーニングを積んでいるパイロットにも十分ずぎる衝撃を与えた。騒乱や暴動なんて嘘。ましてや敵はロシアでも中国でも、はたまた北朝鮮でも非ず、「感染者ゾンビ」だということ。理解できず聞き直すものもいたが、現実は現実であった。

 「桑田、北里」と隊長に呼ばれたのは、説明をし終え皆がそれぞれの職務や待機に就こうとしていた最中だ。

 「2人はうちのエースペアだ」と隊長が言う。その通り、2人は参加した去年の航空自衛隊戦技競技会戦闘機部門で第2位を出していた。

 「しかし、我々2人だけの成果ではありません。他の3名との共同戦果です」

 「いやいや、その3人からも君たちのすごさを聞いたんだ。とりあえず来てくれ」と言われ付いて行かざるえなかった。そして2人は「ある」部屋に案内された。直前に桑田は気づいた。


 「第三航空団司令室」


 と書かれていることに。いや、そもそも位置でとうに分かってもいたが。



 あれから1時間弱が過ぎた。2人で待機室で待っている。

 突然扉が開いた。4名の男が入ってくる。パイロットスーツを着た飛行隊長と航空自衛隊の略帽に夏制服の男、青と白のストライプのネクタイを締めた黒スーツの男、略帽に米空軍の夏服を来た長身の白人。

 俺たち2人は立ち上がる。すると黒スーツの男が「行きましょうか」と口を開く。


 数分後、管制からの指示を受けて2機のF-2A戦闘機と1機のU-4多用途機は三沢基地を発った。それらは一路、米空軍横田基地へと飛び立っていった。

 日常の顔は捨て去り今は任務に集中する。例え何が邪魔しようとも。


 封鎖地域に入るのは容易だった。下水道管を通ればあっという間に着いた。無論、何かの映画と違って、下水道管まで「汚染」されてはいなかった。

 適当なところで登り地上へ出る。と、早速感染者と出会う。襲われるが首筋に手刀を入れて絶命させる。必要なら鞄に入っているマカロフ拳銃を使えば良い。

 粛々と任務をこなす。それが第一だ。



一語用語解説


航空団→航空自衛隊における戦術単位のひとつ。各航空方面隊は2個航空団からなり、1個航空団は2個飛行隊からなる。

 ただし、西部航空方面隊第5航空団のみ1個飛行隊編成。これは、本来は2個飛行隊編成であったが、1隊が練習飛行隊に改編されてしまったため。

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