第11回 攻撃手
「ポインター、こちらメドツ13。メドツ14と共にワレは現在東部道路上空に到達。貴機は既に目標上空に到達済みか?。送れ」
「メドツ13、ポインター。ワレは現在仙台港より目標上空に進入中。メドツ13、メドツ14は仙台港手前の観覧車付近にて待機せよ。送れ」
「ポインター、メドツ13了解。観覧車付近にて待機する。終わり」
同日 07:00 米国ホワイトハウス
まだ多賀城市で、いや、日本全国でパンデミックが発生していないとき、この国のトップに立つ男は笑っていた。
第45代アメリカ合衆国大統領...ウィル・キング。前の合衆国初の黒人大統領に成り代わり選挙で勝利したこの男は、「理想よりも現実」を第一とし、粛々と政策を進めるスタンスを取っていた。その手腕は確かなもので国内からの多くの信頼を勝ち得ていた。一方で対外政策は「一方的」と称されるほど、アメリカの言い分を押し付ける姿勢であった。「強いアメリカの復権こそ世界平和に近づく」。彼は前世代的な考えの持ち主なのかもしれない。そして彼は今、大統領しか座ることが許されないこの椅子の上で一枚の報告書を読んでいた。
「いかがですか」と口を開くのは、キングが一番信頼し、友人でもあるジョージ・アリアス国防長官だ。彼もまた「強いアメリカ」を望む男だ。だからと言って軍事予算を増大するようことは一切しないため必ずしも制服組(軍人)からの信頼は厚くない。
「これこそがAmericanizationだ。思う存分やりたまえ、今回ばかりはどの国も非難しないだろう」
「ミスタープレシデント、我が合衆国軍は前回のイラク戦から10年以上が経過しており、その装備の優秀さはさらなる進化を遂げています。ISISには、ほとんど空爆のみで地上戦はほとんどありませんでしたが、今回は戦車同士の戦いもご覧になれると思います」
「しかしだ、ジョージ、モンスターが我が合衆国領土、ひいては旧大陸に侵入させてはならないぞ」
「そこに関しては心配しておりません。発症までの時間は非常に速いので、仮にキャリア(感染者)が戦闘機で脱出してきたとしてもパイロットは発症して墜落するのがオチです。またキャリアの国内発生に備えて国土安全保障省主導で対策に当たらせます。また、日本で発生した場合はUSFJ(在日米軍)ベース「ヨコタ」にもキャリアの確保を指示してあります。精々中国や韓国程度で収まるでしょう。「北」もそこまでクレイジーではないですよ」
「だと良いのだが・・・、まぁいい、ジョージ、私はここに署名を書けば良いのだな」
「イエス、ミスタープレシデント」
「議会には発生後にかけて良いだろう」
キングの不安は的中することになる。しかし、米国主導の報復作戦は「ゴーサイン」がなされていた。
同日 09:43 イオン多賀城店
「案外早かったな」と菅原が呟く。きっとスクランブルに備えスタンバイしていたのだろう。
先行してきた戦術支援任務(目標指示「スカウトヘリ」)のOH-1「ニンジャ」観測ヘリは、その細めのすべらかなボディを見せびらかすかのように優雅に飛行していた。
「救援小隊。こちらポインター(OH-1)。貴隊から見て仙台港方向を飛行している。見えるか?、送れ」
「ポインター。救援小隊、こちらから現認中。送れ」
「救援小隊。ポインター、目標指示乞う。送れ」
「ポインター。救援小隊、目標はイオンから下に向けて続く車両用スロープの本館との繋ぎ目付近。ただし本館には影響の無い地点を頼む。送れ」
「救援小隊。ポインター。つまり、本館との繋ぎ目辺りから、本館とスロープを往来出来ないように落とせば良いのか?。送れ」
「ポインター。救援小隊、その通りだ。送れ」
「救援小隊。ポインター、了解した、攻撃を15秒後に行う。弾着は現刻より20秒後。送れ」
「ポインター。救援小隊、了解」
菅原は「攻撃が来るぞ!20秒後!!!」と叫ぶと、各員は「20秒」と復唱する。
彼らには知るよしも無かった。燃え盛る車に群がるゾンビ達の一部に、その微かに聞こえた声に反応したゾンビがいたことを。
要請からきっかり10秒後、コールサイン「ポインター」ことOH-1 は2機のAH-1Sに指示を出し終え、攻撃位置につかせた。左手にはイオンの大型看板が、右手には仙台港、そして目の前にスロープがある。そしてさらに5秒後にAHは両機とも1発ずつTWO対戦車誘導弾を発射した。
1発は本館との繋ぎ目からやや右にそれた位置に、別な1発はちょうど右斜め下のスロープの橋脚部分に命中した。
これにより、スロープは本館側からおよそ10メートルにわたって崩落。事実上、スロープに依然たむろするゾンビ達は最上階への道筋を失った。
菅原は、ついでにスロープにいるゾンビ達(彼は「感染者」と読んでいる)の掃討を要請。ただちにAH-1S搭載の30ミリ多連装機関砲に射撃によってミンチにされる。
「救援小隊。ポインター。目標制圧完了。送れ」 「ポインター。救援小隊、支援に感謝する。終わり」
「本当はこの下の感染者も掃討してほしいですけどね」と大和田が言う。
「俺もそう思うが、流れ弾や跳弾が怖いからな。真下の駐車場にも生存者がいたら不味いし」と菅原が言う。
「それもそうですね」
「納得したら者共!、下の敵を排除し、内部に突入する。この真下の駐車場の感染者を掃討しつつ生存者を探すぞ!」
「了解っ!!」と人一倍大きな声で返事を返すのは機銃手で両手でミニミ軽機関銃を握る尾形俊哉陸士長であった。
そして、手榴弾の投擲と尾形の機銃照射により進路を確保した小隊は、まだ見ぬ救護要請者の元に向けて向かった。
まず最初の捜索場所は屋上駐車場真下、4階屋内駐車場であった。
「空幕長、貴様正気か!」
陸上自衛隊のトップである陸上幕僚長が怒鳴る。怒鳴られているのは航空自衛隊のトップである航空幕僚長だ。
「陸幕長、私も「する」とは言ってません。準備をさせるだけです」
「しかしだ空幕長!、準備をさせるということは、攻撃すると言うのと同等だぞ!」
「落ち着きなさい陸幕長。まだ準備だ。それにこれから準備をするといっても、1時間2時間でできる話ではない」というのは自衛隊制服組のトップである統合幕僚長だ。ちなみに彼は今の陸幕長の前の陸幕長であった。
「あくまで「準備」だ。空幕長、そのまま協議の上、続けてくれ。海幕長は日本海における海上封鎖と「不審潜水艦」の捜索に全力を注ぐよう再度通達してくれ」。
海上自衛隊トップである海上幕僚長が頷く。
「陸幕長、陸は陸で国内対策を頼む」
「承知しました」
制服組による「国内感染者及び国外脱出、不法入国対策」の会議はひとまず幕を閉じた。統合幕僚長から防衛大臣と政務次官、防衛部長に内容は報告された。が、空幕長から伝えられた文言だけは除いて。
一語用語解説
制服組→日本に限らず、軍をシビリアンコントロール(文民統制)する国家においては、だいたいある言葉で「軍人(自衛官)」を指す。というよりも、基本的に制服着用の者と背広着用者が同組織において存在する場合、よく使われる。
対義語としては、背広を着用の者を指す「背広組」。