第10回 善きサマリア人~旅人~下
同日 08:43
とりあえず従業員通路にいないことを確認して、音をたてないように忍者のように摺り足で歩く。今度は店内へと続く扉を開ける...前に咄嗟に思い付いて、今度は控え室に向かって摺り足で戻る。扉を開けると、堀さんが電話をし終えたとこらしかった。
「どうかしたんですか?」と不安そうな声で聞いてくる。
「いやー、そのロッカーでちょっとしたバリケード作ろうと思って。手伝って!!」
50分近くかけてロッカー設置した。中のものを取り出して、軽くして、狭い通路を音を極力たてないように歩く。ものすごく神経のいる作業に堀さんは辛そうだった。悪いことしたな....、堀さんごめんね。幸いにしてゾンビには気づかれなかった。
店内へと通ずる従業員専用扉は、一般的に両方から開けられるようになっている。
そこで、ロッカーを持ってきて扉の両側に3個ずつ、扉にロッカーの上側を向けるようにして寝かして置いた。下段に2個、上段に1個のせる。こうすることによって、この扉も「中から押して、外から引く」扉になった。
「なぜ坂崎さんは、そのような開閉扉を選んでいるんですか?」と額に汗をかいた堀さんが聞いてきた。
「見ていたらゾンビは以外と単純運動しかできないみたいなんだよ。押すとか歩くとか這うとか。ほらさっき気づいていていたか分からないけど、階段上るのも這い上がるか転びながら両手使うかしか出来ないみたいなんだよ。テーブルも乗り越えないみたいだし。だから扉も「引く」という行動より「押す」と思うんだ」
「でも確証はないんでよね」
「無い、でも反対に金庫みたいな頑丈な、それこそゾンビが何百体きても耐えられる扉ある?」
「.....」
「ね?まぁ最悪の場合俺のこと無視して逃げて。ちなみにこの通路の裏ってどうなってんの?」
「従業員専用の階段です。あと搬入用のエレベーター。階段は狭いし急角度なので緊急時でも基本的には使いません。あとエレベーターは止まると絶望的なんで」
「なるほどね、扉は?」
「控え室と同じタイプです」
「んじゃ、OKだ」
「あと坂崎さん、私どんくさいんで逃げても意味無いので坂崎さんを待ちます。その方が長生きできそうですから」
「そうか、んじゃ僕もそれに答えないとな、アハハ」
「お気をつけて、坂崎さん」
「おうっ!」
ロッカーのわずかな間に足を入れ、外の様子を窺う。控え室と違うのは、外が窓のおかげで見えることだ。マジックミラーだから店内からは見えないが。
ゾンビはいないようなので、俺が通れるくらい開けて、すぐに外に出る。もちろん右手には警棒を握っている。
奥の方にはゾンビがいる、がこちらに気がついていない。相手にも見えるはずなのだが。きっと視力が悪いのだろう。それはそいつの視力が原因なのかゾンビ全体の原因なのか。
なによりゾンビは「音」に反応するようであった。試しに近くのゾンビの目の前素通りしても何の反応もしなかった。反対に遠くから物を投げてやったら、落ちた音に反応した。きっとほとんどのゾンビは1階で外へと逃げ惑う人々と、上へと逃げ惑う人々を追っていったのだろう。2階は極端にゾンビが少ない。これは大きな収穫のような気がした。
しかし、ゾンビはさっきの投げた物に食らいつきはしなかった。なぜだろうか。もし「音」のみの反応ならば追いかけてきても食らいつきはしないだろう。反対に「食べたくて」来るのならば、もう俺はこの後ろをそろそろと歩いているゾンビに襲われているはずだ。しかし、やはりゾンビは音をたてないためか襲ってこない。
思いきって逆に襲ってみた。人を本気で後ろから殺す用量で(もちろん、映画で見たシーンを思い出しただけだ)ゾンビの頭を思いっきり叩いてみると、「グニャ」という嫌な音と共に血液が溢れだして倒れた。絶命間違いなし。
思ったことは、人以上に体がゾンビは脆くなるようだ。腐敗が進んでいるようには見えないが。
ゾンビよ、こっちが襲わせる前に教わらせてくれ、ととんでもないギャグを考える。
「ガアンッ!!」とトイレから大きな音が聞こえたのはその時だ。トイレに向かうと女子トイレからだった。
慌てて駆けつけると調度ゾンビが奥の個室便所の戸を破壊しようとしていた。まずいっ!!
俺は咄嗟にゾンビが着ていた服の背中部分を掴みつつ思いっきり頭を警棒で殴った。
少しやばいと思った。中に女性がうずくまっていた。噛まれでもいたりすれば感染していること間違いないだろう。
ただ、安心したのはゾンビとの距離が首筋まであったことだ。これなら噛まれてはいないだろう。
絶命したゾンビの体をどけると、上を向いてはいるが、こっちを見ていない彼女に向かって「大丈夫かい?」と声をかけると、「ぎょっ」とした瞳をこちらに向けた。しまった、余計に驚かせたか。
「ごめんね、驚かせてしまって。でも間一髪だったよ。まさか人生でこうもどうどうと女子トイレに入るとは思わなかったけど」。
髪が少し長めの彼女は、ただ俺に目を合わせるだけで何も話さない。当たり前だろう、こんな恐怖を何分も前から味わっていたことは簡単に考え付く。
「とりあえず立てる?無理だよね、こりゃ怖かったもんな~」
何も答えない彼女はまぁまぁ可愛かった。きっと20代前半だ。俺にとってはちょっと大きな愛娘くらいの感覚だ。
「とりあえず、ここは危険だから少し移動しよう。失礼だけど体重は君から見て僕より軽いと思う?」
我ながら極度に失礼だと思いつつも、今後を考えて聞く。ここでぎっくり腰になるのはごめんだ。
彼女は、やっとここで返答した。といっても首を縦にふっただけだが。
「だよな」と俺は笑うと、警棒をたたんでポケットに突っ込む。そして「よし、じゃあ乗りな」と言った。おんぶしないと連れていけない。
しかし、やはり彼女は面食らったようだ。そりゃ見知らぬ他人にされるなんぞ酔っていたって嫌だろう。
「おんぶ、するから。ほんの少しだけど、さっさと行きたいし、乗りなさい」と少し命令口調で言う。さっきの物音でゾンビが来ないとも限らない。できるだけ早く移動したかった。
願いが通じたか、それとも口調がきつすぎたのか、俺の背中に彼女は無言でのかってきた。よっしゃ!。
「そんじゃ、行くよ~」と、俺は立ちあがり小走りに元来た道を歩き始めた。
「しかし、ひどいな」と特別救援小隊を率いる小隊長...菅原3等陸尉は呟く。彼は先程までは高機動車で地上を移動していたが、第2中隊長の命により当小隊を率いた。
降下したものの数十体の感染者達が我々が降下したイオンの大型看板の下の屋上駐車場に集まっていた。このままでは降りれない。回収に備えて我々を運んできたUH-1Jが上空に待機しているが、彼に戻る気は無かった。なんとしても市民を救う、正義感溢れる彼は誓っていた。
「しかし、小隊長」と大和田2等陸曹が聞いてくる。「他の感染者はどこに消えたのでしょう?」
「あれだな」と菅原が指差す先に屋上駐車場から下るスロープのカーブで正面衝突をして炎上している車両らしきものが見えた。
らしき、というのはそれに群がる数えられないほどの感染者達が炎上する車両群に覆い被さり見えなかったからだ。
「...逃げようとしたんでしょうね」
「下から追われたやつと、屋上から逃げたしたやつとで正面衝突をしたんだろう。おまけに上から続々と車が下ったもんだから多重事故に発展した」
「あの感染者集団がこっちに来ないこと祈りたいですね」
「とにかく、さっさと下の感染者片付けてバリケード作るぞ。いや、待てよ。ヘリに繋げ!」
その内容は速やかに上級司令部に伝えられ、「必要な手段を」との東北方面総監の判断のもと、05:00時の第3種勤務体制発令時に、本来フライトプランには届け出を出していなかったが、「誤認」によって航空自衛隊三沢基地の管制下である陸上自衛隊八戸飛行場から「訓練名目」で発進、それに慌てて気付いた八戸飛行場の管制士の機転で、これは本当に偶然三陸沖を航行中であった第1護衛隊群第1護衛隊護衛艦「いずも」に着艦し、そのまま三陸沖から仙台湾沖合に移動、今度は霞目飛行場に向け発艦し、霞目飛行場にて待機していた第2対戦車ヘリコプター隊所属の2機のAH-1S「コブラ」対戦車ヘリコプター と、東北方面航空隊所属の1機のOH-1 「ニンジャ」偵察ヘリコプターに指示が送られた。
指示を受けてから5分後には3機の陸上自衛隊が誇る「戦車キラー」の編隊が飛び立った。